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そこにフラグは無い

 時刻は夜の二十時頃、日は落ち闇の世界が広がる街の片隅で一人の少女が走っていた。何かから逃げるように、人影の無い静かな道をひたすら。

 歳は十代半ば、ブレザーを着た高校生の少女だ。肩まで伸びた髪、凹凸のはっきりした体型。そんな彼女、久住真梨奈の顔には驚きと恐怖が混ざっていた。


「ハァ、ハァ……」


 息を切らしながら必死に走る。どのくらい走ったのか解らない。しかし背後から近づく悪意は離れはしない。ナンパ男を拒絶したら、いつの間かのんな事になっていた。

 ストーカーか、はたまた変質者か。彼女からすればそちらの方が幾ばくかマシだ。

 何故なら真梨奈を追跡する者は普通の人間ではないからだ。


「追いかけっこはここまでかな彼女ー。意外と足速くてびっくりしたよ」


 いつの間にか袋小路まで追い詰められていた。真っ暗な人気の無い建物に囲まれ、真梨奈は一人冷や汗を流す。

 背後から余裕綽々といった様子で男が歩み寄る。


「けど、抵抗された方がそそるんだよな。俺の()で屈服させんのが楽しいんだよ。まあ、強い者に従うのも賢いけど」


 舌なめずりしながら一歩、また一歩とこっちに来る。

 男の容貌は異質だった。ギョロりとした瞳、口から溢れる長い牙に指にはナイフのような爪。獣と混ざりあったような化け物だ。


「……っ! この、誰があんたみたいな化け物に!」


 武術の心得があるのだろうか、拳を握り構える。真っ向から立ち向かおうとする姿に一瞬驚くも、すぐに嬉しそうに口角を吊り上げた。

 こうして抗う少女を捻るのが楽しい。組伏せ一方的に喰らうのが最高だ。


「いいねぇ、来いよ。すぐに泣き叫ばせてやるからよ」


 最低、最悪、屑と呼ぶに相応しい。

 真梨奈はそんな男が許せない。だからこそ性別の差を覆せるように、こんな男に負けないように鍛えていた。


「フゥ…………せい!」


 一歩踏み込む。身体を弾丸のように跳び、一瞬の内に距離を詰める。速い。常人ならば知覚すら不可能だろう。

 そして叩き込まれる正拳突き。肋骨の下、鳩尾に拳を打ち込む。


(手応え……無い!?)


 ただの変質者なら悶絶しダウンするような一撃。なのに手応えが感じられない。試合で感じた感触とも違う、殴ったとは思えないのだ。

 当然男は平然としている、嘲笑っている。


「んんんんんん、残念だなぁ。そんな可愛いいパンチじゃ痛くも痒くもないなぁ」


 腹にめり込む腕を掴む。爪が食い込みうっすらと血が流れ、痛みに振りほどこうとするもびくともしない。


「このっ!」


 空いた脇腹に回し蹴りを打ち込む。が、これも効果無し。

 足の感触に違和感を感じる。まるで何枚も服を着込んだような、着ぐるみを蹴ったような感触だ。


「だから無駄なんだよな。俺は人間を超越した……超人なんだから」


 男の身体が膨れた。肌が毛深くなり、鼻先が伸び、頭から耳が生える。そこにいたのは人間ではなく狼男だった。


「さてと。そろそろ俺のターンかな?」


 舌なめずりをし爪を服に突き立てる。ほんの少し力を入れれば簡単に引き裂けるだろう。


「この姿だと凄いぜ? 凡人じゃ体感できないような、ブッ飛ぶような快感を味わせてやるよ」


「っ!」


 何をしようとしているのか、わかってしまう自分が恨めしい。この化け物は女性を食い物としか考えていないのだろう。顔面を殴り整形してやりたい程だ。

 しかはさ力の差は歴然。人間の力では相手にすらならない。


「ああ、全力で暴れて泣き叫んでも良いけど、這いつくばってご奉仕しても構わないぜ。俺に尽くすなら、少しは手加減してやっても……」


「だっ!」


 跳び回し蹴りが横面に直撃する。

 真梨奈はそんな事を受け入れるような人物ではない。徹底的に抗い、こんな男に屈したりはしないのだ。

 だが残念な事に彼女の力ではどうにもならない。


「乱暴なのがお好みか、なるほどな。じゃあ徹底的に、ブッ壊してやるよ!」


 片手で軽々と持ち上げた。フワリと身体が浮かび空が視界に広がる。

 何が起きたのか理解が追い付かない。浮かんだ身体では身動きがとれず、なされるがまま真梨奈は地面に叩き付けられた。


「カハっ……!」


 背中全体を殴るような痛みに本能が悲鳴を上げる。痛い。意識が飛んでしまいそうだ。


「あ……ぐっ……」


 起き上がろうとするも痛みで身体が動かない。そんな真梨奈を狼男は笑いながら見下ろす。


「おいおいおい、もう終わりか? 粋が良いと思ったけど他のと同じか。ったく、凡人ってのは脆いねぇ。俺みたいな、選ばれた神にも等しい存在とは大違いだ」


「何が選ばれたよ。あんたなんかただの化け物よ」


 高慢な態度に噛み付くような眼で睨む。負けたくない、屈したくない。彼女の心は折れてはいない。しかし気持ちだけではどうにもならないのが現状だ。

 足を踏まれ身動きがとれない。重いだなんてものじゃない、踏む力が桁違いなのだ。


「化け物ねぇ。そんなのは弱者の自己弁護だ。弱いのを正当化する為に、強者を化け物と非難する。あまりにもお粗末だな」


 狼男は笑い出す。


「だが、今からお前はその化け物のオモチャになるんだ。なぁ?」


 開けた口、並ぶ牙の間から涎が垂れる。真梨奈の内なや沸き上がるのは恐怖よりも怒りと悔しさだ。

 伸ばされる手が彼女の胸元に届こうとした瞬間……


「あぐっ!?」


 男はよろけ後退る。顔を手で押さえ痛みに震えていた。

 よく見ると指の隙間から一本針が生えている。長さは十数センチくらいだろう、真っ直ぐと伸びた針金のようだった。


「ったく、どうして目覚めたばかりの奴って自分が選ばれた存在とか、上位の超越者だと思い込むんだがねぇ。力に怯えてる輩の方が常識的だ」


 もう一人男の声が聞こえる。


「人の事を言えないがな」


 その声の主は建物の屋上から飛び降り、真梨奈と狼男の間に立つ。


「すまないお嬢ちゃん、もう少し速く来れたら良かったんだが……間に合ったって事で勘弁してくれ」


「……貴方は?」


「俺か?」


 男が振り向く。

 一言で言うならその男はミイラ男だ。アルミ箔のような金属の包帯を全身に巻き、黒いコートを着た異形の者。包帯の巻かれていない左目からはゴーグルが露出し、表情を隠している。


「俺は正義のヒーローってとこかな。お嬢ちゃん、あんたを助けに来た」

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