事件発生
人々の合間を縫いながら琉斗は走る。その後ろを真梨奈が続き、直ぐに二人は肩を並べる距離になった。
もう追い付いた事に少し驚くも、すぐに正面を向き走る。
「琉斗、別に私達が行く必要無くない? 警察とか救急車呼んだ方が早いよ」
「だとしても何か出来るはずだ。見てるだけ、助けを呼ぶだけで何もしないのは嫌だ」
「……もう」
ただの野次馬かもしれない。だけど彼は純粋な善意で名も知らない誰かに手を差し伸べようとしている。それがどれだけ無意味だろうと、何の見返りも無くとも。彼は人の力になろうとする。
悪いとは思わないが不便な生き方だ。ここが魅力だとも思うが。
「あそこだ!」
意識が琉斗の声で引き戻される。意外と近所なせいか、現場にすぐ到着する。
二人の目に映ったのは惨状そのもの。血を流し倒れる人々、必死に抵抗する警察官。そして……
「何……あれ?」
真梨奈にはそれが何なのか理解出来なかった。
白い紙を人の形にした、折り紙とも切り絵とも言える異形の怪人達が暴れている。例えるならそう、漫画等に出てくる陰陽師の式神だ。
「こ、この化け物が!」
警察官が発砲するも、弾丸ば貫通しただけで怯みもしない。じわじわと接近したそれは腕を鞭のようにしならせ、鋭い縁で警察官を切付ける。
首筋から血を吹き出し倒れる。赤黒い水溜まりが広がり、鼻に絡み付くような鉄臭さが周囲を満たす。
「これ、何なんだよ……」
呆然とする琉斗。テレビや映画の撮影だったらどれだけ良かったか。残念ながら撮影しているカメラも監督やスタッフもここにはいない。あるのは地獄だ。
そんな中、一人真梨奈だけはデジャブを感じている。
「………………これ、もしかして? また?」
あの夜の事を、あの狼男とミイラ男の事を。思い出してしまう。夢幻だと記憶の奥底に封印したはずなのに、再び真梨奈の脳内に蘇った。
それでも真梨奈の身体に沸き上がるのは恐怖ではない。この非日常に立ち向かう勇気だ。
「真梨奈逃げろ。これは……ヤバい」
「逃げるって琉斗もじゃない? 少なくとも私の方が腕っぷしは勝ってるんだから」
拳を握り構える。逆に自分こそ立ちはだかり彼を護るべきだと自負していた。
だが琉斗は真梨奈の影に入るような男じゃない。
「んな事言ってる場合か。あれが何だか解らないけど、真梨奈がどうこう出来る相手じゃないだろ。銃だって効いてないんだぞ」
「だとしてもこんなの……私はもう負けたくない。あんな化け物に好きにされたくない!」
「真梨奈?」
彼女の様子に違和感を感じる。まるでこの光景を知っているかのような物言いだからだ。
琉斗の不安を他所に、前に立つ真梨奈の背中が頼もしいのと同時に自分が情けなかった。彼女の言う通り、武術の心得がある真梨奈の方が荒事の対応力は高い。
「琉斗は倒れてる人を連れて逃げて。あの折り紙の化け物は私がやる!」
「真梨奈!?」
走り出す真梨奈を止めようとするも彼女は聞く耳を持たなかった。頭の中にあるのはあの夜の自分に対する憤り。負けたくない、あんな姿を晒したくない。その想いが彼女の背中を押す。
言葉にならない雄叫びを上げながら拳を振り上げ、背後から殴る。
「!」
がらあきの背中、人間なら背骨がある部分を殴るも感触は異質だ。奇妙なくらいに抵抗感が無い。拳は簡単に沈み、本当に紙を殴っているかのようだ。
当然相手は痛みすら感じず、クシャっと紙が捻れる音を出しながら後ろを向く。
顔が、無機質な一つの目が真梨奈を見る。人の顔じゃない。折り畳みかろうじて人間に近づけているものの、真ん中の窪みに墨汁で書かれたような淀んだ目があまりにも不気味だ。
心が、生気が感じられない。人形を相手にしているような違和感がある。
「こいつ……」
「真梨奈!」
一瞬気を取られていたが、琉斗の声で意識が戻る。
薄い刃の腕を振るう直前だった。
「危っ!」
すんでの所で身体を反らして回避。毛先を切り裂き眼前を通り過ぎる。あと一歩遅ければ頭が輪切りにされていただろう。
「お前、何しやがる!」
そのままバランスを崩し尻もちをついた真梨奈を守るように琉斗が飛び掛かる。全力の体当たり。体重差が大きいせいか、怪人は軽々と吹っ飛ばされてしまった。
「真梨奈、大丈夫か?」
「大丈夫。だけど……」
手応え無し。まるで現実味を感じない異常。
土俵が違うのだと気付いた。こんな小娘が鍛えた所で届きはしない別次元の存在。そんなものに抗った所で意味など無い。
何も出来ない、無力な弱者と嘲笑われているようだ。
奴らは狙いを二人に絞ったのだろう、ジリジリと近づいてくる。
「畜生……」
駄目だ、おしまいだ。残されたのは諦めだ。もし神様がいるのなら二人は呪っていた、否…………今は感謝した。
「吹っ飛べ!」
風だ。風が紙の怪人を吹き飛ばした。
「ふん!」
そして長い銀色の何かが飛ばされた怪人をバラバラに切り刻む。白い紙吹雪がヒラヒラと舞い降り視界に広がる。
空から何者かが落ちてくる。衝撃が紙吹雪を吹き飛ばし、舞い上がった砂埃が落ちてくる。
「…………あ」
二人の前に立つ人物、その片方に真梨奈達は見覚えがあった。
銀色の金属製の包帯を巻いたミイラ男、光司の姿があった。彼の隣には緑色の鎧に身を纏った少女、ゆかりもいる。
「再生能力無し、完全に機能停止しているな。ゆ……ウインド、こいつは生物じゃない。痛みで止まらないし、頭を落としてもな。バラバラにするしか無い」
「了解。それと君達」
ゆかりは後ろにいる真梨奈達を見る。表情は伺えないが、彼女も思う所があるのだろう。クラスメートを護ると意気込んでいる。
「ここはボク達に任せて早く逃げるんだ」
「は? え?」
理解が追い付かず目が点になる琉斗と違い、真梨奈はじっと光司を見詰めている。
「あの、そこのミイラ男さん」
「何だ?」
「私の事、覚えてますか?」
最初は何を言っているのか光司には解らなかった。しかし引っ掛かるものがある。
「んー………………あ」
思い出した。暗く顔を正確に覚えていなかったものの、真梨奈が先日助けた少女だと今気付いたのだ。
(まじか。あの時狼男に襲われてたお嬢ちゃんじゃないか)
驚き思わず声に出そうになる。しかしぐっと堪え前を向いた。
まだ片付いていない。マンホールや建物の隙間から紙怪人が湧き出てくるのだ。二人の護衛、倒れている負傷者の救護、やる事はたくさんだ。
「悪いがお嬢ちゃん、話しは後でな。ウインド、手当たり次第ぶっ飛ばせ、お前の能力なら相性が良い。負傷者の回収と護衛は任せろ」
「了解!」