ブラストナイト
彼女の第一印象は山崎以上に気難しそう、だった。真面目な雰囲気はあるものの、堅物のように見えるのが光司には少し不安だった。
こういう人物がヒーローなんて出来るのだろうか。臨機応変、要領よく行動が出来るのだろうか。不安はあるものの紗奈の選択を信用するしかない。話してみれば意外な子かもしれないのだ。
だがそれ以上に光司の不安を抱かせる点がある。
「……尾上社長、彼女はその…………未成年では? いや、我々ウェイザーにも未成年のエージェントはいますが、こんな大きな任務をこなせるのですか?」
茜も同じ、ゆかりに仕事を任せられるのか心配だった。
「問題はありません。彼女はこの計画の為に厳選した人材です。能力もビジュアルも申し分ありません」
「「ビジュアル?」」
紗奈の言う通りゆかりは美人に分類されるだろう。だがそんな理由で選定されるのを認める訳にはいかない。
「いやね社長さん。確かに彼女は……まあ可愛い娘だと思いますがね、そんな理由で危険な仕事を降るのはどうかと。それに何と言いますか……。もしかして顔出しするんですか? ちょっと危なくありませんか?」
「少し誤解しているようですね」
紗奈が苦笑する。
「私達が求めているのは能力のビジュアルと実力です。見栄えが良くヒーローらしい力。そして何より、ブラストギアのデザインに直結します。ゆかりさんはその両方を持ち合わせています。実力も私が保証します」
「……成る程な」
ビジュアルの意味を理解した。彼女の言う通り、ヒーローならそれらしい力が望ましい。
例えば醜悪な肉塊に変身するような能力だったら、ヒーローとして受け入れられる以前の問題だ。化け物として淘汰されるに決まっている。見た目と実力、その両方を求められているのだ。ヒーローとは人々の希望の象徴となるもの。それ相応も姿を求められる。
納得はしてるし必要性も理解している。それでも難儀なものだとため息が出そうになる。
そしてもう一つ気になる単語があった。
「えっと、ブラストギアとは?」
「そういえばまだ話していませんでしたね。ブラストギアとは……」
「無意味ですよ社長。特にこの男には」
茜の質問に答えようとした瞬間、ゆかりが口を挟む。
「こんな無能な奴がトレーナーだなんて、ボクは認めません。人の影に隠れて協力したふりだけして、功績を掠めとる泥棒なんかプロジェクトに不要です」
「九重さん……」
紗奈が止めようとするが、彼女よりも茜が身を乗り出す。
「ふりだなんて、光司さんはそんな人じゃありません! どんな小さな事件にも対応してくれて、大きな事件にも必死に戦ってくれてます」
少し気恥ずかしい。茜との付き合いはまだ一年ちょっと。それでも彼女は自分の仕事を評価してくれてる。
一方ゆかりは光司を嫌悪しているのが痛いくらい感じられる。
「必死? ただの隙だらけな冴えないおっさんじゃないか。こんな雑魚専に世話になる意義は無いね」
冷ややかな瞳に光司は辟易する。経歴の隅を突っつくような言い方だが否定もできない。雑魚専だの人の影だの当たっていると自覚しているのだ。
が、ここまで見下されて黙ってられない。少しばかり青筋を額に浮かべながら拳を握ると紗奈が手を叩く。
「わかりました。なら一度お互いの実力を確認しましょう」
「実力……ですか?」
思わぬ申し出に光司も一瞬呆気にとられる。
「地下に実験場があります。そこで軽く組み手をするのです。そうすればこの計画の全容、若林さんと九重さんの実力も一気に理解できるでしょう」
「それもそうだな。俺に異議は無い」
「ボクもです。この男が不要だと証明しましょう」
とても解りやすい方法だ。光司としても九重ゆかりという人物の実力を把握したいし、ブラストギアと呼ぶ何かの正体も知りたい。
「茜ちゃん、構わないな?」
「……お互い怪我の無いよう注意してくださいね」
「決まりね。山崎君、研究室への手配をお願い」
無言で一礼し、山崎は何処かへと電話をする。
「んじゃ、ちょっと荷物取ってきていいかな? バイクに積んであるコートが必要なんで」
「なら向かう途中で寄りましょう。では……」
紗奈に促され五人は部屋を後にする。エレベーターに乗り、途中で駐車場に寄り、シート下から黒いコートを引っ張り出すとそれを脇に抱え更に下に進む。
地下何メートルまで下りたのだろうか。始終無表情の山崎、してやったりと薄ら笑いを浮かべるゆかり、不機嫌そうに頬を膨らます茜、若干疲れたような雰囲気の紗奈。そんな人々に囲まれ光司も頭が痛い。
早く終わらせて帰りたいと思うようになった時、光司はそこに到着した。
広さは学校の体育館より少し狭いくらい。途中で別れた茜達は上の階からガラス越しにこちらを見下ろしている。
「さてと」
黒いコートを羽織る。ズシリとした重さが肩に乗った。
このコートは特別製、中に大量の針金を仕込んだも。光司は能力を使う為に何かしらの金属が必要である。それをあらかじめ用意したのがこのコートなのだ。
光司の正面ではゆかりがじっとこちらを見ている。先にどうぞ、というより見せてみろと言ってるようだ。
「面倒だが、少しは年長者らしいとこ見せるか。流石に馬鹿にされたままってのは癪だ」
ゴーグルを着けコートに意識を向ける。神経が繋がるような感覚に、冷たい針金が身体の一部へと変わっていくのを感じる。
コートから滲み出した銀色の液体が全身を包み包帯の形なや変形。銀色のミイラ男へと変身した。
「さて九重のお嬢さん。おたくは準備できたか?」
「ふん。言われなくとも」
ゆかりは左腕に着けた腕時計型のデバイスを掲げる。そして画面を押した。
『Loading』
電子音が鳴りそこから光の糸が溢れ出した。まるで遺伝子のような光の二重螺旋がゆかりの周囲を包みながら絡み合う。
「インストール……!」
言葉は違う。しかしその奥底に秘められた真意を光司は読み取った。ただ武器と防具を用意し顔を隠すだけの自分とは全く別のもの。
変身。
そう、変身だ。光の二重螺旋が別の姿へ、鎧へと変わりゆかりを包む。
緑色の流線形のヘルメット。短いスカート型の鎧に身体のラインがはっきりしたスーツ。手足は鱗が集まったような装甲の塊。
特撮番組に登場するヒーローそのものだ。
「マジかよ……」
信じられなかったが、この姿を見て改めて理解した。紗奈の計画の全貌を。
「ヒーローメーカー、ボクの事はこう呼んでもらう。ブラストナイト・ウインドと」