ヒーローメーカー
誰もが一度は夢見ただろう。漫画やアニメの主人公のようになりたいと。超常的な力で悪党を一蹴したい。異性にちやほやされたい。そう妄想した事がある人は必ずいる。
そんな非日常に足を踏み入れられたら、退屈な普通から抜け出せたら。しかし現実は非情。どれだけ願っても叶わない、空想上の存在だと諦めるのが当然だ。
だが現実が変わった。
何が原因かは解らない。いつの間にか、少しずつ世界は非現実と入れ換わっていた。
超能力者が現れ怪物が暴れる。まるで漫画の中のような世界が影ながら現実を侵食していく、塗り潰していく。
『彼』は非現実に巻き込まれた時大いに喜んだ。力を手に入れ日常が変わる。物語の登場人物に……自分が主人公になるのだとワクワクした。超能力を悪用する犯罪者、可愛いクラスメートの少女を助けに立ち上がる、これこそ彼が求めていたシチュエーションだ。
彼はこの非現実の住人となった日の事を忘れはしない。
思い出すのは十六歳、高校生初めての夏の日だ。
「俺は……俺の仲間を傷つける奴は絶対に許さない! お前を倒して日常に帰るんだ!」
「やろう。私達の未来を勝ち取る為に!」
学生服の少年が光の剣を構え、少女が手を添え二人で剣を握るといっそう強く輝く。
立ちはだかるのは巨大な蛇、その額には一人の男性が埋まっている。
強大な敵、力を欲望のままに振るう邪悪な存在に立ち向かう少年少女。
『彼』はその光景をじっと眺めていた。額から血を流し痛みに意識が覚醒する。
傷つき倒れた彼は二人が主人公、ヒロインとして活躍する姿を見ているだけ。本当ならあの場にいるのは自分だったはず。主人公として活躍しているはずだと思い込んでいた。
(ああ……俺は主人公になれなかったんだ)
彼の心を満たすのは絶望と諦め。
よく考えれば最初から主人公になるのはあの少年だとわかりきっていた。人間関係も、環境も、力も、全てが主人公らしい。
幼なじみに義理の妹、実は超能力者だった生徒会長、周りの少女達は皆少年に夢中。強力な力を手に入れ戦う姿はまさに主人公そのもの。
羨ましい。
妬ましい。
そのポジションにいたい。
どれだけ願っても彼は主人公にはなれない。せいぜい名前がある仲間の一人。彼の役割は主人公とヒロインを輝かせる装飾品だ。それに気づいた時、彼の頭にあったのは嘲笑だった。
十数年後。少年から青年に、一人の大人となった彼は超能力者達の間でこう呼ばれるようになった。主人公を造る者、ヒーローメーカーと。