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第2話 レティとアルベルト

「ねえ、例の修道院の跡地って、一般の人は入れないの?」


 夕食の時、レティが(おもむろ)に聞いてきた。

 通いで家のことをやってもらっている使用人が二人いて、交代で勤務してもらっているのだが、今日の担当であるマリーが全ての配膳を終え、部屋を出て行ってすぐのことだった。


 フィッシャー子爵家も、小さい家ではあるが貴族という事で、数名の使用人を雇っている。引っ越してきた当初、平民として生まれ育ったレティは人を雇うことに反対だったのだが、「平民に仕事を与えることも貴族の義務だ。」というウィルフレッドからの言葉をそのまま伝え、今では家の中を三人、庭師を一人、それぞれ通いではあるが交代制で働いてもらっている。


「今は国の管理下にあるから、さすがに無理だな。」

「だよねー。」


 そう言われるとわかっていて聞いたのだろう。レティは何事も無かったように手を合わせると、「いただきます。」と言った。


 これは異世界の食事の前の挨拶らしい。こちらでは神と糧を得ることへの感謝を込めて祈るのだが、向こうはその一言にその全ての意味が含まれていると、レティが教えてくれて、それ以来「いただきます。」がフィッシャー家の主流となった。


「いただきます。」


 アルベルトも同じように口にする。毎回、「なんとも合理的だ。」と考えてしまうのは仕方の無いことだろう。


「リズが何か言ってたのか?」


 修道院跡地の地下には、魔王が封印されている。

 半年前に現れた聖女によって、再び封印されたものだ。その前の魔王復活は二百年程前と言われている。

 まさか半年で聖女の封印が解けるとは思えないが、リズが再び現れたということは、そこに何らかの意図があるということだろうか。


「封印が今どんな状況か見てみたいよねって。」

「ああ、そういうことか。まあ、特に変わったところは無かったけどな。」


 スープを飲んでいたレティのスプーンの手が止まる。


「見てきたの?」

「当たり前だろ。何のためにこっちに派遣されてると思ってるんだ?」

「あ、そっか。そうだった。」


 町を歩けば必ずと言って良いほど、二度見され、怯えられ、避けられる黒。アルベルトの髪と目の色は、強い魔力を持っている証だ。「黒持ち」と言われるそれは、黒に近ければ近いほど魔力が強いと言われている。つまり、真っ黒のアルベルトの魔力は言わずもがなだ。

 貴族の世界には、アルベルトほどでは無いにしても、魔力を持つものが少なからずいる。それでも遠ざけられてきた。市井でも、アカデミーでも、王宮によって行われていた魔術制御の訓練の時でさえも。

 そんな中で、自分に居場所を与えてくれたのは家族や、ウィルフレッドや、魔術研究室の室長だ。しかし、レティは彼らともまた違って、それを全くと言って良いほど気にしなかった。アルベルトにとって常に付きまとう「黒持ち」ということを、忘れているのではないかと思ってしまうほどに。

 いや、絶対に忘れている。アルベルトはそう確信する。


 レティはそのままスプーンを置いて、箸を持つ。

 二本の棒を組み合わせたそれは、レティが生み出した異世界アイテムの一つだ。

 片手で二本の棒を器用に使い、食べ物を挟んだり、切ったり、混ぜたりと、自由自在である。

 アルベルトも、最初はその持ち方でさえ指が()りそうになるほど四苦八苦したものだが、今ではだいぶ上手に使えるようになってきた。そして、慣れてしまえばもうフォークとナイフの食事には戻れない程に便利だった。


「何の変化も無いの?」

「特に、これといったことは無かったな。」


 魔王が封印されているのは、聖女の魔力によって作られた石の中に広がる空間だ。それをリズは「牢獄」と言っていた。仄かに黒く光るそれからは、強い魔力が感じられるが、それだけだった。

 その周りに結界を築いたのはアルベルトだ。


「一度で良いからその石を拝んでみたいものだわ。」とレティが言う。

「普通、近づきたがらないものなのにな。」と、アルベルトが笑う。


「そう言えば、これで新婚旅行もしばらくお預けね。」

「あ。」


 ギュッターベルグにやって来て半年。仕事も落ち着いてきたし、そろそろ休暇でもとってどこかに行こうかと話していたところだった。

 しかしこれで、休暇を取るどころの問題では無くなってしまった。


「まじかー。」アルベルトは箸を握ったまま頬杖をついた。マナー的にはアウトだが、家の中は遠慮無しだ。

 新婚旅行も結婚式でさえも、まだの二人だった。

 新婚らしい雰囲気は全く無いが、それでも世に言う幸せな時間はしっかりと満喫しておきたい、そう主張したのはアルベルトだ。レティは特にこだわりが無いようで、それについては少し面白くないとアルベルトは感じていたところだった。


「落ち着いてからゆっくり考えたら良いよ。」と、レティが困ったように笑って言う。

 仕事に理解があるのは有り難いが、さみしいと思ってしまうのは仕方の無いことだと思う。そういう時いつも、アルベルトは自分の子供っぽさを感じてしまうのだ。


 こういう時、こいつなんか妙に落ち着いてるんだよな。


 そう思ってふとリズの言葉を思い出す。


「レティ。」


 そうアルベルトが声をかけると、レティは手を動かしたまま顔だけこちらに向けた。口いっぱいに頬張る様がリスのようだ。これもマナー的にはアウトだが、まあそれは良い。


「お前、向こうで死んだとき、何歳だったんだ?」


 レティの手がピタリと止まり、ゴクリと飲み込む音がした。視線がアルベルトからずれていく。

 ああ、これは。とアルベルトはニヤリと笑う。


「リズは向こうに帰ってから、レティと十年間友達だったと言っていたよなぁ。」と頬杖をついたまま、正面に座るレティの顔を覗き込むように見る。


「あの時のリズが十五だとしても、」「あーあーあーあー、聞ーこーえーなーいー。」レティが声を被せて耳を押さえる。


「子供かっ!」と、アルベルトが笑う。

「あーあーあー」と言いながら、耳を押さえたままでレティも笑った。


 そして、再び夕食に戻る。

 ところが、箸を一度だけ伸ばしたところで再びアルベルトが止まる。


「なあ、そういえば、あいつっていうのは?」


 帰りがけに、リズが言った言葉だ。なんとなく話がずれて、あまり話題にならないままになってしまったようだったが、アルベルトはなんとなく気になっていた。


「ああ、遠藤?」


 そう言って、レティも手を止めた。


「リズと同級生だった時のクラスメイトなんだけどね。病院で寝たきりだって言ってたね。娘さん、確かリズの家より少し上ぐらいだったんじゃなかったかな。」


 レティは独り言のようにそう言って、「今の私にはどうしようも無いんだけどね。」とペロリと舌を出して笑った。


 ノックの音がして、マリーが食後のお茶を運んできた。


「マリーさん、ありがとう。あとはやっておくから、もう帰っていただいて大丈夫よ。」とレティが言う。

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて。」と言って、マリーは笑顔で一礼をして退出していく。


 夕食後にのんびりと話すのが楽しみで、気兼ねなく話せるように使用人には帰ってもらうことにしたのは、レティの案だ。


 今日は聞きたいことが山ほどある。

 まずは「セーブ」という新しい異世界語について教えてもらわねば、とアルベルトはお茶に手を伸ばした。





「ゲームしてたら、途中で休憩したくなったりするじゃない?」

「チェスの途中でトイレに行きたくなる、みたいな?」


 お茶を飲みながら始まったレティ先生による異世界語講座~セーブ編~は、それぞれ寝支度を終えて寝室にまでもつれ込んだ。アルベルトがどうしても、理解しきれないでいるための延長戦だ。

 レティのざっくりとした異世界語満載の説明だとわかりにくいので、具体的に頼むとアルベルトが要望を出したところだった。


「トイレとかでも良いし…、そうね、急に帰らなきゃいけなくなって、今度また遊ぶときにその続きをしましょう、みたいな。」


 それならわかるということで、アルベルトは頷いて見せる。

 そういったことは実際よくある話だ。レティとアルベルトもたまにチェスをするのだが、レティが弱すぎてあっという間に終わってしまうことがほとんどで、たまに持ち越しとなっても、その続きが打たれたためしは一度も無い。

 負けて悔しがったレティが、「ショーギ、なら勝てる!」と言って、五角形の紙を作り始めたこともあったが、その動かし方の説明の段階で断念したようだった。


「でも、駒を並べたまま盤を置いておけるような場所じゃないとしたら、どうする?」

「駒の配置を憶えておく。」

「そういうこと。それをゲーム自体が憶えておいてくれるの。チェス盤を出せば、前はここで終わりましたよと教えてくれるような感じ。」

「それは、便利だな。」

「そう、とても便利。昔は何文字かの暗号みたいなのを自分でメモらなきゃいけなくて、それ用のノートとか作ったんだって。でも書き間違えたり雑に書いたりでその暗号が違ってたりすると、ゲームに戻れなくて、その時流れる音楽がトラウマになるらしい。」


 ドゥンドゥンドゥンドゥンとレティがその恐ろし気なメロディを口遊くちずさむ。トラウマというのはよくわからないが、嫌な気持ちになるということかとアルベルトは理解する。


「じゃあ、リズも暗号を間違えるとこちらに来ることができなくなるのか?」

「それは昔の話。今はゲーム側がそれをメモしておいてくれるから間違えることはないの。で、そのセーブには二種類あって、自分が意図してするセーブと、ゲーム側が定期的に自動でするオートセーブ。」


 二本の指を別の手で指差しながら、レティが説明する。

 レティの髪から雫が落ちている。


「例えば、途中で地震が起きたとするでしょ?駒がずれて、配置がわからなくなっても、盤が定期的にセーブしておいてくれれば、また元に戻せる。」

「それは、すごい便利だな。」

「でも、勝っていたのに急に負けが込み始めたりすると、元のセーブした場所に戻したくても戻せないからオートセーブはたまに邪魔。」


 アルベルトはちょっと理解が追い付かず、少し思考を切り替えようと、自分の肩にかけていたタオルをレティの頭に乗せて、わしゃわしゃと拭いた。


「ありがと。」


 雫が目に入るのか、レティは目を閉じた。


「今回は、その両方の機能が使えるって言ってた。」

「ちょっと、待って。」


 アルベルトは手を止めて、思考の中に生まれた違和感を探る。レティが目を開けてタオルの中からこちらを見上げていた。


「セーブをするということは、ゲームの時間が止まるということだよな?てことは、リズが向こうに帰るっていうのはおかしくないか?こちらの時間が進んでしまう。」

「そうそう。でもね、このゲームはストーリーを追っていくものだから、イベントからイベントに飛んでいくのは理解できるの。だから、リズが来る時は何かが起きる時と考えた方が良いわ。」

「リズが来るときにゲームが動く。」

「そういうこと。今回はギュッターベルグ伯様との出会いイベントだったんだと思う。」


 なるほど、とアルベルトは頷きながら、思考をまとめていく。レティの頭に乗せたタオルを再び自分の肩にかけた。

 アルベルトがレティの髪に手を伸ばし、まだ濡れているそれを梳く。そして、魔力をふっと込めると、一瞬ふわっと浮き上がった髪はもう乾いていた。ペタリとしていた毛先がくるくると踊りだす、その瞬間がアルベルトは好きだった。

 昨夜の内に降った雪は、今日の晴天で随分溶けたとはいえ、まだまだ寒い。しかも、冬はまだこれからだ。


「魔法って、便利よね。私も魔法使えたら良かったのに。」


 レティが不貞腐れたように言う。

 子供の頃、まだ魔力制御ができなくて、アルベルトの兄であるヘルマンを怪我させてしまった時から、アルベルトは意識的に魔法を使うことを避けてきた。それでもたまに「魔法を見せて欲しい。」としつこく強請(ねだ)ってくるレティと、時には喧嘩になることもあったが、レティの魔法への憧れは昔からずっと変わらない。

 レティの乾いてふわふわになった髪を、そのまま指で弄ぶ。くるくると弄っていると、レティがくすぐったそうに笑った。


「ありがとう、レティ。」


 呟くように吐いた言葉は、思わず出たものだった。

 レティは少し驚いた顔をしていたが、アルベルトにすらわからないその言葉の真意が伝わったかのように、「どういたしまして。」と言って、笑った。









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