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無心になる。
心を空にし木剣を振るう。
鋭い音を虚空に響かせ大きな大木に向かって斬りつける。少々表面がへこむ程度で、大木自体に異常はない。
古くこの地は剣星と呼ばれたものが最後に着いた地とされている。
彼はここで「無二を得た」と言った・・・らしい。
その境地、心境を探る、得るために行きついた数多の歴戦の勇士たちがそこで命を枯らしたという。
彼らが何を得たか、もしくは得なかったかは知る由もないが、その恋人や家族は帰らぬその人を想い、こう呼びようになった。
「剣の魔境」と。
そんな俺は目覚めたころからここにいる。
この知識は、死にかけのよれよれ爺さんから聞いた話だ。
俺自身言語能力は教わるまでもなく備わっており、爺さんとの意思疎通自体に大きな問題もなかった。
その爺さん自身も剣に生きたらしく、ここで何かを得ようとして老いて死んでいたものの一人だ。
此処の習わしは死したものの墓標はその物の象徴を置くらしい。
そして、やはりその多くは劍がある。
そのせいでいくらか殺伐となったが、少し息を吸えば澄んだ緑の香りのした風が漂う、まさに楽園のような場所だ。
ただ俺にやることもない。
だからそこに転がっていた木剣を拝借してそのどっかの剣星の言った無二とやらをしてみようかと言ったただの好奇心が働いた。
俺の記憶の大半が欠如していることは確かに分からないが、ここにはもう人もいないし、大した問題でもない。
むしろ気になるのは俺に手に馴染む木剣だ。毎日素振りをして、毎日大木を殴るが、大した威力もない。なのに恐ろしく嵌るのだ。たとえるならかけた茶碗の破片を埋めるように・・・
それを何日だったか・・・たしか7千と3百だったかな。続けて、朽ちた墓標だったものが、さらに腐っていた頃合いだったかな。
どっからともなく正真正銘「湧いて」きた。
何か粒子が発光し収束してゆく。
・・・そういえば、ココはずっと地続きだったはず。一応お情け程度にあった家と驚くほど広い開かれた庭、そしてそこに聳える大木。それを森が大きく円を描き、囲っている。その森を抜けるとただただ、広がり続ける草原と何も見えない地平線。
その草原も草だけで膝より高い草木はなく、動物がいるような気配もない。
そして常に中天のこの地でここにいるのは俺一人。
ただその光が収束して象っているのは明らかに人型。
一瞬日からが激しくなるとそれは四散し、そこに物質を固定した。
「ここって・・・どこ?」
そうすると、そこには白の襟の付いた服に末広がりで太腿が見えるような筒状の衣服を身に着けた女がそこにいた。
それが、たしか14,600日・・・いや40年前の話だ。