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第八章 島を作ってみよう

 風は止み湖の水のように波立たない。流石に魔導士たちは外からの干渉に気付きだした。傲慢さ故の遅さだった。『不死の軍団』があれば何にも負けぬという過信があったのだ。

 実際の軍運営を過小評価していたツケが回って来ていたといえる。

 船団を導く提督や各艦の船長の手腕によって糧食が豊富に用意されていたのが救いだった。

「ベテランの船乗りである君たちが気付かなかったというのか」

 自身の失策を棚の上にあげてイルマリが責めた。

 海の男らしく潮焼けした風貌のハユハ提督も負けてはいない。

「進路は貴公が決めていたのだ。貴公が指示せねば何も動かん。当然だろう」

 一瞬言葉に詰まったが、イルマリは自分の失策を認めたくなかった。

「こんなに凪が続いていてかね?」

「魔法で風を操らねば凪などは海でよくあることだ。だからこそ風や水を操る魔導士が船に欠かせないのだ。その程度の基本もご存じなかったか?」

 その通りなのだ。だが指摘されて今にもイルマリの怒気が爆発しそうだった。

(いかん)

「ハユハ、それは貴公がベテランだからこそ言えるのだ。イルマリは航海は初めてなのだ、指摘するべきだった」

 ハユハは王国にとって大事な海将である。言い分は最もだが、人材を大事にしないイルマリに潰されたくはなかった。

 王子に諭され何か言いたげだったがハユハは賢明にも退いた。

 海に凪ぎは付き物だが、こんなに長い凪は大陸間航路ではちょっと在り得ない代物であった。長い航路ではないのだ。

 この海域での凪は短時間で終わり、三週間もあればシェファルツ王国アーベントロート辺境伯領の沿岸五海里には到達している筈だった。出港して三週間以上が経つというのに、十海里にも達していない。

 凪が自然のものではないと早くに気付いていたが、イルマリの魔導士団と海の男たちの反目がそれを告げさせなかった。

 イルマリは見るからに苛立っていた。

 大船団を動かせる風を、操れる魔導士を連れて来ていなかったことに、今更ながら歯軋りする程の後悔を感じていたのだ。十隻程度なら動かせる者はいるのだが、それでは全く足りない。海将たちの話を聞かずに出港した自分の失態だった。しかも味方の魔導士たちはどちらかといえば学究肌で、実践が乏しいことも実感していた。

 たった二週間程の航路。

 海には凪が付き物。

 その先入観が凪の異様な長さを気付かせるのが遅くなってしまった。気付くべきだったのだ、凪が始まったのはシェファルツ側の使い魔が現れた頃からだったことを。

 一羽残っていた鴉も昨日顔の派手な少年に潰されてしまっていた。

 甲板に出れば別の事でも不機嫌になった。

 屍人たちは異様な沈黙を守って立っている。風がないので腐臭が滞留して息苦しさが募る。

「忌々しいッ」

 そう吐き捨てた時であった。

 さあーーー

 風が吹き抜けていった。

 同じく会議が終わって甲板に出ていた諸将がどよめいた。そよ風であったものはすぐに強風になり、一斉に帆が張られた。

(相手の用意が整ったという事か)

 ヘンミンキは不思議にホッとしていた。屍人たちの腐臭に巻かれて自分たちも腐ってしまいそうな感覚を風が一掃していく。戦いの始まりだとしても停滞が終わるのだ。

「諸君、敵の用意が整ったようだ。エウリュシア大陸で待っていてくれるぞ?」

 戦いに熱意はなかったが、誰もが凪からの開放感に浸り、王子の鼓舞に唱和していた。

 

 その頃のシェファルツ側迎撃軍は、何とものんびりと船旅をしていた。緊張感のないこと甚だしく、若いホイベルガーはそのことに危機感を持つ程だった。マイエは令嬢と一緒にツチラトの甲冑姿を詳しく検分していたし、アルトドルファーと 領主兄弟はチェスに講じている。大魔法師ウィクトルは最新版有料魔法陣を取扱ったマガジン「今日から使える魔法陣」を読んでいた。プロスペロはさっきまで召喚獣たちと交信していて、今は船縁に身を預けてパロロと一緒に本を読んでいた。師弟仲良く読書である。

(えっと……戦争行くんだよね、俺たち)

 船はクルトの魔法で水面には着かず僅かに浮いて、帆には風を一杯に孕ませて文字通り風のように奔っていく。

 多勢に無勢どころではない物量差で戦いに挑むというのに、この午後の気怠さ的光景は何なのだろう。

 今更ながらに総勢八人。その内二人は巨大な魔力を持っているが子供。そろそろ成人する年頃とかではなく、本当に子供。本当に連れて行っていいのか悩む位子供、なのである。更に二人はスパルタ特訓を数日受けただけの付け焼刃感満載の俄か魔法師ときている。いや、クルトは風の魔法師を兼ねる船乗りとして平素から風の魔法を使ってはいたのだが、全くの我流なのだ。

 故郷の為に、と胸を熱くして立上りはしたものの、気が付けばこの状態で、重要ではないが繰返してしまうが今更ながらに、

(本当に勝てるのか…)

と引き返せない場所で焦っている。

 希代の大魔法師ウィクトルとその優秀な弟子がいたとしても、ランデスコーグ軍だって大船団で乗り込んで来るのだ。優秀な魔導士だって多数参加している。命懸けの間違いを犯してしまったのではないだろうか。

「この甲冑の素材そのものもオリジナルと同じものになっているの?」

 魔法学校の校長先生をしているというマイエは、先生らしく細かく質問している。ツチラトは頭を上下左右に動かすことで返事をしていた。

「この顔……」

 何となくズージが訊きたい事はわかる。この顔はツチラトが人型をとった時の顔なのか訊きたいのだろう。

「ああ、それは私が答えられるわ。この甲冑を身に着けて最後に死んだ人の顔よ。そうよね」

 マイエは物の来歴がわかる魔力を持っている。来歴まで再現せずでも良いだろうに。ツチラトが頷くと、令嬢は「げっ」っと叫んで数歩退いた。

「初陣でね、落馬した時膝まで程度の浅瀬に落ちたのよね。こんなに装飾過多じゃねぇ。甲冑が重くて体が起こせなくて、乱戦だったから味方に助けてもらえなくて溺死したのよね」

 だからそこまで詳しく説明せずともよいのに。

 全身隙のない甲冑というのはかなり重く、完璧に剣からは守られるものの、転倒などすれば従者の助けがなければ起き上がれるものではないのだ。

 なる程虹彩も瞳孔もない眼のどんよりした顔は死人のものだったのか。ツチラトはプロスペロに頼まれた通りにズージを守ろうとゼロ距離でいようとするが、当の少女は恐ろしがって距離を取ろうと逃げ回っている。危なくなったらその甲冑に隠れるという話だったが、自分だったらそんな所に隠れたくない。命が掛っているとはいえ少女が哀れだ。

 途中から楽しくなって来たらしいツチラトがスキップで追いかけている。腿の上げ方が半端ない。強力な魔力を持って生まれたばかりに、つい最近まで辛い思いをしていたというのに、運命は更に過酷なのだ。ほろりと同情心にホイベルガーは涙が零れそうになった。

「あらあら、妖魔でもユーモアを解すのね」

(それユーモアって単語にしてしまっていいものではないのでは…)

 ツチラトだけが楽しそうな追いかけっこにマイエは眼を細めている。青春しているようにでも見えるのだろうか。

 妖魔を止めた方がいいのではと思うものの、逃げ回る美少女の可愛らしさも半端ない。がりがりで栄養失調気味だった少女は、大人への階段を上がり始めた美少女へと短期間で変化していた。

 プロスペロが本から視線を動かさずに目の前を通ったツチラトの脚を蹴った。注意を受けたツチラトが頭を掻いて元の犬型に戻る。

「大魔法師殿、召喚獣は何を召喚したんです?」

 アルトドルファーは興味津々といった様子だ。

「プロスペロに任せてる」

 何かと弟子に任せっぱなしの師匠である。

「プロスペロ、ワイバーンは呼んだよね」

「呼びました。プルカムがイケメンとイイ感じになってて来れないって、息子さんを紹介してくれました」

 召喚術とはそんな感じだったろうか?ホイベルガーは記憶を探した。

「グライフが戦闘中はズージを乗せて見学させてくれるそうです」

「グライフ…?」

 ズージは瞳を丸くした。

「ワイバーンより小型だし、一人乗りならその方が安全だって師匠が言ったんだ」

「そのグライフもお知り合いなの?」

 マイエが訊いた。

「初見です。年取った方で、二百年前のベルゲマン家と親しかったそうですよ」

 領主兄弟が驚きの声を上げる。

「久し振りにどうしてるか見たいって」

「おいおいご先祖死んでるぞ!」

 それは知ってて、何でも子孫の顔が見たいと手を挙げてくれたそうな。

 そういう事もあるものなのか…。

「後は海系にしました。一度会ってみたいと思ってたのに呼び掛けてみましたよ」

「……もしかして《年経た亀》呼んだ?」

「もう、いの一番に」

 嬉しそうに顔を崩す。誰もの胸を打つイイ笑顔だ。

 しかし凄いモノを呼び出している。《年経た亀》といえば、背中に島を背負った超巨大な亀のことである。

「ほら、現地集合、現地解散でしょう。目印がないといけないかなぁって」

「どんな巨大な目印!」

 思わずホイベルガーは声を上げてしまった。

「ええ、でも五百歳程の若くて小柄な方を呼んだから大丈夫ですよ。来てくれる空の方たちにも休憩場所とか必要でしょう?何でも六十年程前に不心得者に森林火災を起こされて、背中の木は若いし疎らだし、恥ずかしいから気にしないでくれって仰ってましたけど、その方が着地しやすいしいいですよね」

「絶対島を探検するつもりだよね」

「当然じゃないですか。でないと何で呼んだんだかわからないじゃないですか」

 力説するが、基本そんな理由で呼んだ訳ではない筈だ。

「素敵ね。ズージ私たちも探検させてもらいましょう。一生の語り草になるわよ。学校の子たちに話すのが楽しみだわ」

「ですよね。皆でピクニックいいですよね。記念に種持って来たんですよ。蒔きましょう」

 知的好奇心の強いマイエとプロスペロは和気藹々と楽しそうだ。ホイベルガーだとて戦闘の前でなければウキウキしていたろう。

「後はでかい系の海の方たちでいいかなって、連れ立って来てねって頼んどきました。そんなんでどうですか?」

(どうですか、って)

「あんまり呼ぶとお礼が高くつくよ」

「大丈夫ですよ。美味しい人間いるよ、狩り放題だよ、って言っときましたから」

(狩っていいものなの?敵とはいえ人間だよ!お勧めしてはいけない者なのでは?)

 何だかホイベルガーは負ける気がしなくなって、悩むのがバカバカしくなった。流石希代の大魔法師の弟子というか、スケールが飛び抜けている。自分は小型の魔物を召喚するので精々なのに。

 手招きして師匠がズージを呼ぶ。

「グライフは小回りが利いて乗り易いから安心してね。行動は任せておくといいよ。安全圏を守る様にお願いしてるからね。帰ったらレポートを提出してね」

「レポート……」

「うん、今後の為の見学だからね。見てるだけじゃ駄目だよ。何枚書いてくれてもいいからね」

「あら、じゃあ記録するものが必要だわねズージ。私の筆記用具を貸してあげるわ」

 いそいそとマイエが持ち物を探る。

「あ、じゃあ《年経た亀》さんの通称教えておくよ。亀世界の名前は人間に発音出来る音じゃないから、ヘンリクって通称で了承もらったんだ。もう合流地点だからすぐ会えるよ」

「ってことはあれかな?」

 クルトが手庇で遠くを見ている。彼はこの中で一番目がいいのだ。ズージなどは遥か彼方に朧げに島の形がわかるだけだ。靄が掛っているようで、目を凝らすと木の緑と崖の形が何となく見て取れる。

「あれが島の部分だね」

 プロスペロが頷いた。

「まだあんなに遠くにいらっしゃるのね。広い海だから行き違いにならなくて良かったわ」

「マイエさん、距離的には十メートルも離れてないよ。船の下を見てみて」

 プロスペロの頭部の横に一瞬だけ魔法陣が浮かんだ。

 師匠以外の誰もが船縁から下を覗くと、巨大過ぎて全体像が把握出来ないが、何かがいる。

「今分身を送ってくれるって」

「あれか?」

 ディートヘルムが指差した先で光の粒子が踊っている。丸い形を作った次の瞬間、背に島を載せた小さな亀が現れた。分身なのであろうそれは液体が形を取った様な透明な水色をしていた。中に水泡が見える。よちよちと海を泳ぐように空を泳ぎ、一同が見守る中ゆっくりと船に来る。

〔こんにちは、皆さん〕

「わざわざ来て頂いてありがとうございます」

 小さいだけでなく幼い亀は何だかファンシーで可愛い。礼儀正しくプロスペロが頭を下げた。

「いえいえ、僕の様な若輩者をお仲間にして頂いて、こちらこそありがとうです」

(戦争に行くんだよね、俺たち)

 照れたように亀が答えると、また別のファンタジー世界に迷い込んだ錯覚に囚われて、ホイベルガーは頭を抱えた。

「ヘンリクさんは思ったより身体が大きいんですね。背中(島)があんなに遠くに見えます」

 マイエの指摘に亀が申し訳なさそうに身を縮めた。

〔違うんです島が小さくなってしまったんです。訳を聞いてもらえますか?〕

「まあ、はいどうぞ」

 《年経た亀》、通称ヘンリクは昨日起こった悲劇を話し出した。

 ヘンリクは海洋の孤島に身を寄せてからこの方二百年程動かずに過ごしていた。六十年前の森林火災からは鳥や精霊たちに頼んで、背中の森林の復興に気を使っていたのだが、いかんせん悲しいかな、彼は自分の背中に、自分の背中だというのに何にも手出し出来なかった。

 だから漸く見てくれの良くなって来た背中の島に、宝探しの一行が来たのも全く気付くことはなかった。

 プロスペロから連絡をもらってからゆっくりと、今では繋がってしまった島から自分を離そうとした。急ぐと孤島の方も損害が激しくなる。また戻ってくるつもりだったから、孤島に損害を与えないように気を付けたのだ。懇意の精霊たちに、島の動物に警告してもらえるように頼みもした。それでも大きな地震になって、鳥たちは一斉に飛び立ち、動物たちは孤島に向かって大急ぎで駆けた。

 焦ったのは宝探しの一行で、お宝を目前にして、すわ財宝の呪いかと魔術師は何かの魔法を使おうとしたらしい。ここら辺は本人たちが消し飛んでしまったので、海に沈むうちに岩の突起に引っ掛かった首飾りが教えてくれたのだが、咄嗟の事で呪文と手印を間違ってしまったらしい。更に財宝に本来掛けられていた呪いが発動して、最悪の方向に相乗効果を起こしてしまったのだ。

 結果ヘンリクの背中にあった島は四分の三が、財宝のあった孤島は9割方消し飛んでしまった。

 小さな亀はホロホロと涙を流した。中の水泡の数が増す。大好きだった島の生き物のほとんどが被害にあって消し飛んでしまったのだ。

 神妙に頷いたのはプロスペロだった。

「魔法を使う時は気を付けなきゃですよね。俺も人間消しちゃったことあるから、身につまされる話です」

〔ごめんね、探検したかったよね。休憩は出来ると思うんだよ〕

「いいのよ。貴方に怪我がなくて良かったわ。それに記念の種蒔きは出来るでしょう?」

 生徒たちに見せるのであろう笑顔でマイエは亀を慰めた。

〔僕、こんなことばっかりで、全然いいことがないんです。連絡もらった時はお友達が出来るって嬉しかったのに。ダサいよね、イケてないよね〕

 五百歳といえど《年経た亀》の標準では幼い。言葉ものんびりしているというよりは幼くて、そして泣き顔が何故かやたら可愛らしいのだ。一同はウィクトルを残して皆が口々に慰めた。

 ウィクトルは口に手を当てて何事か考えていたかと思うと、

「ヘンリク、甲羅を全部水面に出せるかな」

〔出来ますけど、僕が動くと水の動きが激しくなるから、少し離れてもらわないと〕

 ウィクトルがクルトを見ると頷きが返った。

 ややあってからジークリンデは空高く浮かんだ。

 父と娘は興奮して歓声を上げハイタッチした。叔父はドヤ顔で胸を張る。

 大きな水音を立ててヘンリクが浮かぶ。にゅっと伸びた本物の頭は、あんまり可愛くない。えてして実物とはそういうモノなのだ。ジークリンデが浮かんだ高さでは全体が見れない程大きい。

「さて優秀なお弟子さん、授業だよ。儂の話をちゃんと聞いて実行してね。ズージはレポートの為にメモを取らなきゃ駄目だよ」

「は~い」

 プロスペロがいい返事をする。

「ではディートヘルム、皆から離れて立って、プロスペロ、彼の足元に何の魔法陣を描くかわわかってるね。後で消さなきゃいけないから、焼付けちゃったらいけないよ」

 ディートヘルムに詠唱する歌を指示する。浄化の歌ではなく、清めの魔法を増幅させる為の歌だ。詠唱が始まると領主の傍に立ちプロスペロは輝く環を放った。それはヘンリクの甲羅全体に広がり消えた。

「清め終わりました」

「では皆さん考えて下さい。ヘンリクの背中をどんな景色にしたいですか?」

「砂浜に小麦色の肌のムチムチお姉さんがいいです」

 元気一杯に弟子は答えた。異階世界から取出した10tと書かれたハンマーにウィクトルは寄り掛かった。

「異世界にはね、いやらしい男性を成敗する用のハンマーがあるんだよ。持ち手に軽く、相手に重く、優れモノだよね」

 少年の真摯な願いは却下された。しかもズージに足を蹴られるお釣り付きである。

「皆で考えてる間に土台の土地を作ろうかな?プロスペロ」

「花、一杯」

 メモを取りながらズージが言う。

「そうね、ピクニックが出来る野原と、鳥や動物たちが好きな実をつける木でしょう?探検が出来る岩場や洞窟も欲しいかな」

 とマイエ。

「小さな池か泉が必要ですね」

 とホイベルガー。

「船がつけられそうな入江は無理かな?」

 とクルト。

「聞いたねエロ弟子君。譲歩してムチムチお姉さんが似合いそうな砂浜は作ってもいいから頑張るんだよ」

 先ずは甲羅の輪郭に沿って硬い岩場が形成された。物凄い勢いで島は形作られる。クルトが高度を上げ、良く見える位置を取る。瞬く間に土台は出来上がっていった。土が甲羅が見えなくなる程敷かれるとプロスペロが振り返った。

「マイエさん、島の大地に《祝福》をお願いします」

「喜んで」 

 《祝福》の詠唱をディートヘルムに頼むと、手持ちの巾着から小さな紙片を取出した。金色で魔法陣が描かれている。それを両手に挟んで囁く様に呪文を唱えると、淡く光り始めた紙片をプロスペロに渡す。風に乗せられた紙片が岩と黒土と砂利の大地に届くと大地の中に消えた。

 ホイベルガーは精霊の召喚を任された。《年経た亀》の背中に相応しい精霊たちが召喚されて、封じられていく。精霊が召喚されると大地は更にしっかりするのだ。

 ヘンリクは自分の背中がどうなっていくのか、さっきまでの涙顔とは一変ワクワクしながら見詰めていた。

「何かリクエストはありますか?植えて欲しい木やなんか」

 訊かれたヘンリクは笑顔で答えた。

〔居心地の好い島にして下さい〕

「抽象的な答えは難しいな……」

 ちょっと困った様に呟いて、考え込みだした。

「木、木……先ずは木、知識でしか知らないな。実際どんな木が生えてるものなのか……」

「海側にヒルギ系かな…」

 海の男らしくクルトが答えてくれた。

「ヒルギダマシにヒルギモドキ、浜柘榴なんかは海側にはいるだろう。浜辺に浜柘榴あるのは好きだぞ。面白い景観になる。椰子の木は浜辺の奥かな…」

「内陸もそれでいいですか?」

「離れたら普通の木でもいいんじゃないか?」

「あ、槐に櫟にシマトネリコいるわ」

「カラタネオガタマを数本でいいです、頼めますか?精霊が喜びます」

「内陸は楠や欅が基本でいいな、柘榴を何本か好きなんだ」

 好きといえばと思い思いに好きな果樹や花木などを口にし出して、流石のプロスペロも悲鳴を上げる。

「待って待って、待って~、知らない~。ヒルギは何種類いるの?ああ、形を知らない。どんな編成で植えるって?」

 師匠が小袋をガサゴソ探って木の図鑑を出してくれる。マイエが紙と筆記具をくれたので、それに簡単な樹木の編成と入江や浜辺の位置、広がりなどを話しながら書き込んでいく。この紙はズージが回収しレポートに添付された。

「滝が欲しいけど水源がないな…小さいので我慢するかな…その裏に洞窟と岩山…師匠、山の図録をお願いします」

 渡された図録のページを繰ったが、好みの岩山が有料になっている。別冊を巻末の魔法陣から錬成させると、

「師匠、課金いいですか?」

 明らかにかなりテンションが上げ上げになって来ている。楽しくなってきたのだろう。

「この際だからいいよ。だけど時間は限られてるからね。手早く決めないとね」

「ハイ?ヘンリクさんこのテーブルマウンテンどうですか?魔法の水源付きで飛び込みも出来る洞窟プール付き」

〔楽しそうだね〕

 昔、自身が何かを造成した時の事を思い出したのか、夢中になってヘンリクと相談する弟子の様子に眼を細め、頼まれもせぬのに「決定版ダンジョン」と「鍾乳洞」の有料図録を出してそっと置いてやる。

「えっと…、価格はバシリウス帝金貨十五枚。完成立体魔法陣付きだと四十五枚……」

 弟子がそう…と上目遣いで師匠を見た。バシリウス帝金貨は不純物の少ない金貨である。

「時間がないから完成体付きでいいよ」

 頷いてやると、パアっとそれこそ花が咲いた様に笑った。

「掛かる費用は私が持とう」

 太っ腹な領主が申し出てくれる。当初予定していた戦費に比べれば何という事もない。

〔あ、僕も、精霊の宿った宝石とか、魔法具なんかも色々持ってるから……〕

「よし、じゃあそれは『ウィクトルのへそくり』って名称でお宝設定しよう。三つくれる?」

 お宝なのにへそくりなの?誰もが疑問に思った。そして魔法陣の購入費用に当てずに財宝としてダンジョンに使うのね、とも。

 師匠の何とも言えない微妙な表情も、ズージには見慣れたものになっていた。

 ラフを見ながら島の造成が再開された。船をヘンリクの甲羅の要所要所に移動してもらい、立体魔法陣を投げおろす。地下から順に位置やバランスの調整をし、カスタマイズしながら島は作られていく。師匠のダメ出しも入って何度も躓きながらの作業である。プロスペロの周辺に引切り無しに魔法陣が現れては消え、皆の意見を集めた島がとうとう出来上がった時には歓声が上がった。

〔凄い、凄いよ。有難うプロスペロ君や皆さん〕

 大感激で少年の首っ玉に被り付いたヘンリクはキスの雨を降らしたが、感じた訳ではなく純粋に疲れから、プロスペロは船縁に背を預けズルズルと沈んでいった。

「疲れた、お腹空いた……うおおおおぉ」

 いきなり目の前に巨大魚が降って来て驚かされた。ゴリアテクルーパーとコブダイが目の前の甲板で大きく跳ねた。

〔食べて食べて〕

 本当に海の男クルトは頼りになった。普段巨大魚なぞ料理する機会そうそうない。一同が困惑していると、ドヤ顔で魚切り包丁を両手に回転させて登場すると、陽の沈むまでの短時間でちょちょいと巨大魚を捌いて見せた。しかも彼はエールだけでなくきつい蒸留酒まで樽単位で持って来ていたのだ。

 非難の眼差しを向ける師匠に頭を掻いて言い訳する。

「いや、これは何時も無くならないようにいの一番に補給していて…今回は呑まないさ」

「それがいいね。いの一番に補給するなら水じゃないの?」

「水は海水から幾らでも作れるから心配はいらんのです」

「海に必要な魔法だけは習得されてらっしゃると」

「事が済んだら他の魔法も少し習いますかな……」

 慌てて言い繕う。

「基礎から学ばれよ!ホイベルガーに精霊魔法を習うとよろしいでしょう。航海にも役立つ」

 名指しされてホイベルガーは驚いた。

「わかった」

 海の男は観念した様に呟いた。

 ガツガツ食べて腹が満たされた弟子がげっぷをすると、すかさず師匠が本日の実習の採点を始める。

「先ずは初めてにしては良く出来てるね。皆の意見も反映されてるしね」

「有難うございます」

「直す所はね、基礎になる岩の密度がもう少し欲しいな。硬くして災難にもよく耐えるようにしないとね。それはしておいたよ。土ももう少し詰めれたかな。砂浜は儂の好みで鳴き砂にするね。岩山に木を密生させ過ぎてるから、すぐに枯れてしまうよ。全枯しないように三分の一にしたらいいよ。水が綺麗過ぎると魚が棲み難いから、土の養分が滲み出る感じで修正してね」

「はい」

 減らず口だが、学ぶべきは謙虚に学ぶのが彼の良いところだ。

「それ位かな。土は好く肥えてるし、鳥や虫たちも棲み易いように考えられてるね。ヘンリクが何処かの島に身を寄せたらすぐに動物たちがやってくるよ。それと造る時にね……」

 地形を造成する時に心得ておくべきこと等の意見の交換が始まった。

 この師弟は見た目に反してとても勤勉なのだ。叔父の作ってくれたゴリアテクルーパーのソテーを頂きながら、聞くとはなしに師弟の会話に耳を傾けた。

 ズージの背は未だにプロスペロの背を追い抜くていない。今はほぼ同じで若干プロスペロの方が高いだけだが、これからずんずん高くなって、ズージを引き離していくだろう。もしかしたら追い抜くことはないかもしれない。ちょっと悔しい。出会ってからずっとプロスペロは何とはなく保護者のように振舞っている。十代の三歳差は大きいというのに、ちっとも年上振れないでいるのだ。それどころか頼りっぱなしだ。

 金髪に琥珀色の瞳、整った派手な顔で歳の割に背が高く均整がとれた少年は、観賞用にもとても良くて自然と瞳が惹き付けられてしまう。肉食系でいやらしいことばっかり考えていて、ズージの胸の大きさに不満を持っているのが視線の動きでわかっている。

(私だって母様や姉様のように大きくなるわよ。貴方がまだまだ大きくなるみたいにね)

 年下の少年の視線一つに翻弄されてしまう自分が気に入らなかった。

「ねえズージ」

 不意に呼ばれて物思いから覚めた。

「?なに?」

「ヘンリクさんに上陸したら、探検の間は髪を元に戻さない……かな?」

 普段ずけずけ言う少年にしては柄にもなくはにかんだ様子である。

「何故?」

 その様子が可愛いとは思ったがズージの声色が不穏になる。

「綺麗なストロベリーブロンドの可愛い女の子の方が、探検の時気分が盛り上がるからさ」

 その台詞には師匠とディートヘルム両人が反応する。何とはなしに不穏な空気が漂う。

 少女は可愛いと言われて真っ赤になった。思わず添えた両手に頬が熱い。

「ストロベリーブロンドって中々いないだろ。俺も初めて見るんだ。何か特別なお姫様感があっていいよね」

 特別なお姫様感。

 十二のませた少年が言うことに、自分でも何故ここまで、と思う程胸がときめいた。

(特別なお姫様感って何?うちの娘は特別なお姫様なんだよ!)

 とディートヘルムは叫びたかったが、これまでの奉仕やこれからの戦いもあり、何より娘を苦しみから解放してくれたから、息を整え拳を開閉させて必死で耐えた。顔のいい男は止めろと娘に忠告してやりたかったが、口を出せば外向きになってきた娘の気持ちを壊しそうだ。

「か…かわ、いい……か…な…?」

「絶対超絶可愛い。聖ルカス皇国のお姫様もストロベリーブロンドが多かったんだよ」

 胸がキュンキュンする。

 そんな大皇国のお姫様と一緒にされても、と思うものの、女の子だから全然嫌じゃない。しかも…、

「超絶可愛いなんてないよね、お父様。言い過ぎよね」

 本人は知らないが、本来の姿を取り戻した彼女は茶色い髪でも館の男たちの心をキュンキュンさせていた。これでストロベリーブロンドだったらキュンキュンどころではないだろう。

 恥ずかしくて隣の父に振ると、父は頭をブルンブルン振った。

「何言ってるんだ超絶可愛いに決まってるだろう。私の命も同然の超々超絶可愛いお姫様だ」

 満更親バカだけではない台詞を吐くが、ズージにすれば揶揄われているとしか思えない。恥ずかしいばかりなのだ。

「もう、お父様ってば……」

 ランタンの灯でもわかる程真っ赤になって俯くことしか出来なかった。

 娘可愛さに相好を崩しながら、横目でマセガキを見る。恥じらう娘を肴にバターライスを爆食いしているではないか。戦いが終わったらすぐにでも〆ておかねばと決心する。簡単に人を文字通りキレイに消せる力を持つからには慎重にやらねばならないが、一回は必ず〆る、きつく握り拳を作った。

 とうとう最後の子供が親離れを始めてしまった。寂しさが胸に満ちる。この子だけはもっと長く手元に置いておけると思っていたのだ。まだまだ親としてしてやらねばならないことは多いとはいえ、腕の中の寂しさを思う。例え傍で暮らしていても、子供が子供である時間は別格なのである。子等は皆自慢の子に育ってくれた。政略結婚であったが好い伴侶に恵まれた。それを実感するのは、子供らに対する思いを夫婦で分かち合う時だ。ツィスカもこの寂しさを味わっているのはわかっている。当分は夫婦で慰め合うことになるだろう。

 

 夜ジークリンデは出来たばかりの入江に停められ、波に揺られるのが揺り籠のように心地よく、決戦前だというのに誰もがぐっすり眠った。

 鳴き砂が派手に鳴いて目覚めると、島には三頭のワイバーンと二頭のグライフが降り立っていた。

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