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第一章 むさい男所帯

 菜園のゴーレムがこの夏最初の収穫物を小さな籠に山盛りにする。何度積んでも転がり落ちるので、いくつかを片手に盛り、片手に籠を持って、忙しく働く少年の下に運んだ。

 三角に組んだ支えを、背丈より高い薬草に手際よく結わえていた少年は笑顔でゴーレムを見上げた。

「バラージュありがとう。お前は本当に収穫が上手いね」

 心を持たぬはずのゴーレムが少し誇らしそうだ。

「もっと大きな籠がいるね。倉庫から出して来なきゃね」

 バラージュと呼ばれたゴーレムが回れ右をして建物に向かう。

「二つでいいよ」

 個数を指定しないとあるだけ持って来てしまう。

 元の作業に戻ろうとした背を今度は薬草園のゴーレムヤンカが叩いた。

 ヤンカは四つの木皿が乗ったトレーを差し出す。木皿の上には種類別に薬草についた幼虫が乗せられてもぞもぞと蠢いていた。

「白と茶色の虫は昨日と同じように別々に乾燥させて、他のは洗って台所に置いといてね」

 ヤンカは了承の動作もなく、実行する為離れていく。元々バラージュよりも一回り小さいゴーレムだったが、プロスペロが女性の名を付けてからは段々と女性っぽくなっていっている様な気がするのは気のせいだろうか。

 それは他のゴーレムたちにも当てはまった。土塊で作られごつごつしたゴーレムたちが滑らかな身体を持ち始め、菜園ゴーレムのバラージュとチャバは男性的造形を増し動作も人間の男の様になり、薬草園の指の細く小型だったゴーレムのアリーズとヤンカは女性形を増している。

 パンに葉野菜とカリカリベーコンを挟んで齧り付いていた師匠に疑問をぶつけると、

「ゴーレムを変化させているのはプロスペロじゃないか。あれは土塊だから自力で変化はしないよ。使う人間が変化させるんだよ」

 超小型犬モドキの青眼のパロロが、話している隙にサンドイッチに齧り付いたのを邪険に払う。

「師匠が使っていた時には変化はしなかったでしょう?」

「儂はゴーレムに名前を付けないよ。長い付き合いだけど土塊以外の何物とも思ってないから、指示する以外で話し掛けたりしないよ」

 頭髪が枯れてかなりふくよかな幼児体型の、背丈は十二歳のプロスペロと同じ位の師匠は、温和な見た目と裏腹に実は軽く人間嫌いだったりする。プロスペロを養ってくれているのが時に不思議になる程だ。

 きゅ~んと鼻を鳴らして擦り寄ってくるパロロに、自分用に取り分けたチーズの欠片をやる。

 この屋敷には他に猫と猫の姿をした何かたちと、犬と犬の姿をした何かたちがいる。パロロも超小型犬の姿をしているが犬ではなく、かといって使い魔でもない。師匠と誰かが作った犬型のモノだ。そうとしか言えない。プロスペロには犬でないモノたち、猫でないモノたちの構成物質を全て解明する力はまだない。解明出来たら超一流らしい。土塊でないのは確かなのだが。

 本物の犬はプロスペロが拾って来た雑種だけで、ふてぶてしい態度でパンを抱えたプロスペロの後を追ってきて居着いた犬、ラデクだ。彼は台所の隅で夕食を終えて微睡んでいる。本物の猫と猫モドキは、屋敷のあちこち好きな場所にいる。何を食べているのか知らないが、子猫を過ぎると餌の催促をしなくなるから、必要がない限り干渉しないことにしていた。

「ゴーレムが精巧な人間型を取る時はね、使う人間の親しい人間と似てくることが多いんだよ」

「そうですか?バラージュもチャバも背が高くて筋肉質っぽい感じなんですけど…」

「親しいっていっても色々あるの。儂に似るとは限らないよ」

 口にものが入ったまま喋ったので、欠片が飛んだ。

 そもそも師匠に似たら腹が邪魔になって動き難いし、背が小さいから高い所にあるものが取れないから、無意識にも願望しないと断言出来る。

(無意識の内の排除、というものもあるのかもしれないな)

 魔法師として以外使えない師匠に、似てくれと願望するのは無理がある。しかしならば誰に似せようと自分はしていたのか、更なる変化が楽しみになった。孤児で拾われてからはほぼここしか知らない。あるいは村人の誰かだろうか。

「あるいは会いたい人間だったりね。姉に近い形にした弟子もいたね」

「その場合、ゴーレムって服着てませんけど服を着た形になるんですか?それともすっぽんぽん?」

「やだプロスペロ、もうそんなことが気になる歳になったの?やだなあ色気づいちゃって、もう少し子供でいなよ」

 口元に手を当てて師匠は顔を赤く色付かせた。可愛い乙女でもないんだから見たくもない。それに弟子にしてもらう代わりに師匠の世話をしているも同然なのに、子供でいろとはないものだ。

「そういう意味ではなく。単に後学の為に聞いておきたいだけです」

 嘘である。

「その人間の願望や魔力によるかな…。魔力が高い程精巧で人間に近くなるんだけど、彼女の場合優しいお姉さんに会いたかっただけだったから、頭部以外はほんのり女性形を取った位かなぁ」

 思い出しながら語る。

「期待しました?」

「しないよう。儂はそういうの嫌いなの!」

 慌てて打消す。

「モテなかったから?」

「人里離れた場所で二人切りなのに、どこからそんな情報を?」

「村のおばさんが貸してくれたハーレプリンセスのシリーズを読みました」

「?おばさん十二歳の少年にそんな本貸しちゃダメだよ⁉あれでしょう、破廉恥なあんなことやこんなこと書いてあるんでしょ」

 師匠以外と初心なのである。

「ハーレプリンセスだから少女用です」

「うちには大量に君が読まないといけない本があるんじゃないのかな?」

 プロスペロは噛んでいた葉野菜で巻いたハーブソーセージを飲み込んだ。

「どんな本でも読む価値がある、って仰ったのは師匠じゃないですか。それに今年中に読めって言われてた本は全部読みましたよ」

 しれっと答えられて、師匠はがっくり肩を落とした。

 まだ初夏である。

「儂もう寝るわ」

「おやすみなさい。明日の朝シーツはいでおいて下さいね。洗いますから」

 十二の割に所帯臭いことを言うが、シーツを洗うのは三か月振りのことである。

 翌日はいやに暑い日だった。まだまだ盛夏には遠いのに、陽射しが痛くて日向に出ているのが辛かった。半裸の肌を容赦なく太陽が焼く。噴水の水を使いながら洗濯の日にしてよかったと思う。

 屋敷は人間二人が住むにしてはかなり大きかった。宮殿といっていい程巨大だが、その比較は宮殿を見たことがないプロスペロにはピンとこない。

 六角形に三層の建物で、二階と三階には渡り廊下が重ならないように三角形で繋がれていた。取り囲む鉄柵は高く魔方陣や様々な呪文が描かれている。二人の居住空間以外の場所はそれなりに崩れているが、師匠は放って置けというし、巨大な建物なので修復場所が多過ぎて放置したままになっていた。

 所々大小の噴水が庭に配置されていて、正門のド真ん前に巨大な噴水があるが、それ以外にも前庭には二つの噴水がある。それ等は水路で繋がり、雪の積もる厳寒にも常に水が流れていた。

 魔法学を学んで噴水一つ、建物の装飾一つにも意味があることは理解したが、屋敷に来た頃には何故こんなに噴水があり、一見出鱈目な水路があるのかわからなくて、何だか嫌な感じがして、馴れるまでは居心地が悪かった。

 ここは東方では龍穴と呼ばれる大地の力が集まる場所なのだ。それもかなり強い。そこに更に力を増幅させる為の建造物が建てられている。

 そんな場所に子弟は暮らしていた。

 シーツだけでなく、面倒臭くてほっぽらかしていた冬物の衣類も、最近溜め込んでいた衣類もまとめて洗う。洗浄の魔法はあるが、師匠はこの屋敷で濫りに魔法を使うのを嫌うから、洗濯はプロスペロが匂いに耐えられなくなると行われた。

 この時期は植物全般の世話が忙しいから、冬のようにゴーレムにやらせることも出来ない。ゴーレムは四体だけでなく屋敷のそこここに放置されていて、時折師匠が使役させていた。使っていけないことはないようなのだが、何となく使わないでいる。

 最後の一枚を絞った頃には夕焼けが美しい時刻になっていた。乾いた分だけ取り込んでぐちゃッとしたベッドメイキングを終わらせる。朝食の残りのスープに水と野菜とソーセージと、堅くなったパンをちぎって入れたら夕食の出来上がりだ。プラスずっと食卓に出し放しのチーズで師匠も文句はいわない。典型的な男所帯である。

 以前に料理してくれるゴーレムを作れないか師匠に訊いてみたら、答えは「もういる」だった。地下の食糧庫に放置されていたゴーレムがそうなのだそうだ。背丈はアリーズと同じ位だろうか。これも昔いた弟子が作ったゴーレムだそうで何故使わないのかと訊くと、指示されたことしかしないからだという。

 自動的に時間が来たら有り合わせのもので食事を作り、後片付けしてくれる、訳ではなく、食べたい料理を指示し材料も揃えておかなくてはいけない。しかも作った弟子が時間に正確な人物だったから、食事を摂る時間をちゃんと設定していて、その一時間前になると主人の背後で指示待ちをするのだ。時間概念を変えると、四六時中指示待ちでへばりついてくるようになった。美食家でもなく、研究にのめり込むと寝食を忘れる人間には鬱陶しいだけの存在なのだ。旨い不味いが問題ではない腹を満たす為の食事なら弟子の料理で十分だった。

 プロスペロにしても凝った料理など知らないし、料理が面倒で腹が一杯になればいいのは師匠と同じだった。なのでこの家では毎日三食ともに変化のない献立が続いていた。因みに調味料は一切入っていない。

 付け加えると、夕食で残ったスープに翌朝ベーコンあるいはソーセージと野菜と堅くなったパンを入れて朝食にする。柔らかなパンが食べられるのは週の始め頃だけで、一週間分まとめ買いするから、段々堅くなってスープに入れないと食べられなくなるのだった。

 美食概念のない子弟には何の不満もない食生活だった。

 村には医者がおらず師匠が治療師もしていて、治療を受けに訪れる人もいるから、お礼にとパウンドケーキやタルトといった菓子や動物性たんぱく質の類が貰えた。買うこともあるが大抵のものはそうして揃った。

 師匠がチーズの最後の一切れを名残惜しそうに口に運んだ。

「もうチーズなかったよね」

「ないですね。月曜までは保つかと思ったんですけど食べちゃいましたね」

「マケールの作るチーズは美味しいからね」

 珍しく食後のパイプタバコをくゆらし始めた師匠に、香草茶を淹れた。パイプの甘い匂いが台所に充満する。嫌いではなかった。

 口を丸めて細く煙を吐き出す。

「今日は今時分にしては暑かったでしょ?」

「洗濯日和でした」

「炎竜の卵が孵りそうなんだよね」

 何気ない一言だったが、プロスペロは一気にテンションが上げ上げする。

「本当ですか?」

 竜の卵は産卵から三十年から百年しなければ孵化しない。その間にドラゴンハンターたちに貴重な卵を盗られたりして、孵化に立ち会える機会はそうそうないのだ。炎竜の卵を一度見に連れて行ってもらった事がある。竜の卵にしては小さく無事産まれるかわからない、と懸念していた。

「行くんですよね?」

「あの場所ならドラゴンハンターも近付けないだろうけどねぇ。滅多にない事だし、ちゃんと産まれるか確認しておきたいんだよね。プロスペロも見たいでしょう?」

「はい勿論、……もしかして他のご同類方も来ますかね?」

「来ないよ、何を隠そう、隠してないけど、竜の卵が孵るのを感じ取れるのは世界で儂位なものなんだよ。気付いても精々産まれてからだね」

 大きく胸を反らして反らし過ぎて倒れそうになる。本当かどうかはわからないが竜が産まれるのを見られるならどうでもいい。

「明日食糧を買いに行こっか。孵るまで二、三日はかかるよ」

「またワイバーンを呼び寄せるんですか?」

 前回は美しいワイバーンを師匠が召喚してくれたから、旅の間ずっと美しい生き物に乗れた快適な旅だった。

「う~ん。考えたんだけど、今度はプロスペロが呼んでみようか?」

「いいんですか?俺に出来ますかね?」

 座学はちゃんと習得しているが師匠が屋敷で魔法を使わせるのを嫌って、大きな魔法は使ったことがなかったのだ。

「うん、実践させてないだけで、実際はプロスペロは色々使える筈なんだよね。魔力も強いし。そろそろ使い方を覚えないとね」

「じゃあ、ワイバーンを呼ぶのは割と簡単なんですね」

「そうでもないよ。個人差はあるけど一般的に12歳でさせる魔法じゃないからね。でもプロスペロはやれると思うよ」

 あの美しい生き物を呼び寄せる力が自分にあると言われたのは嬉しかった。自分の呼び掛けにどんなワイバーンが応えてくれるだろう。

 

 主に魔物や妖獣などを召喚する方法は三通りあり、個々の能力で方法は決まる。一つは召喚魔法陣と召喚呪文を使う方法。主に魔力の弱い魔法師が使う。

 一つは何も使わず、己の魔力で探し出し呼び寄せる方法。魔力に自信のある魔法師が使うが、間違えると別のモノを呼び寄せ、時にとんでもないモノを呼び寄せてしまうことがある。

 最後の一つは魔法陣を脳裏に思い浮かべながら魔力を魔法陣に集中させ、召喚呪文を唱えて確実に狙った魔物を召喚する方法である。

 魔法を使う時は大抵このいずれかの方法を使う。師匠はプロスペロに最後の方法を試させた。

 ワイバーンや妖獣妖魔といった所謂魔物の類は忌み地と呼ばれる土地から召喚する。プロスペロと師匠が住む土地は、その忌み地から一番近い龍穴であり、人間の住む地であった。屋敷は人々の住む村からは少し高い丘の上にあったが、忌み地からは丘陵の果てに存在する。忌み地に人は住んでいない、住めないというのが正しい。北東から東に広がる広大な忌み地の全貌は謎に包まれている。

 青々とした木々の繁茂する森から始まるが、一歩足を踏み入れると違いが判るという。そう証言するのは極少数の、幸運にも命辛々帰って来られた冒険者たちだ。森を抜けると次第に荒涼とした荒地になり、水は飲めなくなりその先を伝える者はない。様々な魔物が生息しているが、召喚されなければ自ら忌み地を出たりはしない。

 竜種は産卵だけは別で逆に忌み地を避ける。炎竜は火山にしか卵を産まないので、ハンターに探し出され易かった。

 彼等は異世界にいる訳ではない、地続きの場所にいるのだ。

 屋敷の外の空き地で、何も見ずに描ける程に諳んじた魔法陣を思い浮かべる。額の前に指で円を組むと中に魔法陣が浮かびあがった。召喚呪文を呟くと同時に眼を閉じて心を放つ。ワイバーンたちがプロスペロの存在に気付いた気配を感じると呼び掛けた。やがて共鳴する個体があった。

「プロスペロの魔法の使い方は独特だね」

 師匠の胸に抱かれたパロロの、好奇心に溢れた瞳に自分が映っている。

「そうなんですか?」

「魔法陣を思い浮かべられても、間違えずに空間に浮かび上がらせられる人はちょっといないよ。間違えたら面倒なことになるからね。それにワイバーンを選んだでしょ?初心者は召喚するだけで精一杯で選べないものなの」

「じゃあ俺って才能ありまくり?」

「だね。だからこそ気を引締めて慎重に使ってね。君の間違いに気付ける魔法師は極少数だろうし、暴走したりしたらそれこそ止められないよ。儂でもてこずるだろうから」

 確かにそれは危険だ。改めて気を引締めた。

 足元に猫モドキがいつの間にか集まっていて、足にモフモフした体を擦り付けてくる。くすぐったいが気持ちがいい。

 上空が陰って、重い振動と共にワイバーンの巨体が降り立った。翼を折り畳む為に起こった強風に誰もが飛ばされそうになる。空き地は剥き出しの土ではなく、草の繁茂した原っぱだったので、土埃が舞い上がって苦しめられるのは免れた。

 濃い緑のワイバーンは、鷲の脚と首周りに白地に赤の羽毛が生えている。縦の瞳孔に鮮やかな赤の虹彩が小さな生き物たちを捉えた。

〔吾を呼び出したのはお前たちか?〕

 頭に響く声が頭蓋を振るわす。

「俺です。プロスペロといいます。若輩者が僭越にも召喚を掛けました」

 召喚した方の立場が上ではあるのだが、プロスペロは貶めず尊敬で対した。

〔何用か〕

 声を抑えてくれたようで響きが楽になった。

「もうすぐ炎竜が誕生します。その場所にお連れ願いたいのです」

〔……よかろう、代償は?〕

 両手に猫モドキを持ち上げて差し出す。

「お好きなのをお選び下さい」

 大きな瞳をプロスペロに寄せて覗き込んでくる。瞳孔を縁取る薄い赤、虹彩の模様の深味のある赤、地色の鮮やかな赤、同じ赤なのにそれぞれ違う。猫を見てはいないプロスペロを見ている。

 二匹が足元から透明な膜に包まれて宙に浮かび、上昇してやがてふつりと消えた。

〔疾く用意せよ〕

 脚に荷物を括りつけ、首に二連の革ベルトで籠を固定して乗り込む。人型をとった使い魔のイスファーンが手伝ってくれる。パロロを抱いた師匠にプロスペロ、最後に犬モドキのツチラトが飛び乗った。

 ツチラトは軽く後ろ脚で立ったっだけで二人の身長を超した巨大な犬モドキである。籠の中が一気に狭く感じられた。

「お前一緒に行くの?」

 師匠の問いに轟とツチラトが吼える。

 ツチラトが魔物の一種であることはプロスペロにもわかるのだが、種別の特定はまだだ。師匠がツチラトを使い魔として使役するのも真の正体も見たことがない。

 渋い顔をした師匠は思い直して許した。

「何とお呼びすればよいですか?」

 初めてのワイバーンに問いかける。

〔そなたの好きに呼べ〕

「では……プルカムとお呼びします」

〔諾〕

 返事と同時に巨体が動いた。プルカムは巨大な蝙蝠の翼を羽ばたかせ、一気に上空に舞い上がった。

〔場所を〕

 場所を画として思念で飛ばす。ドルスス火山の中腹、ドロドロと沸騰するマグマ溜りに近い洞窟に卵はある。

〔諾〕

 短い了承と共に巨体を捻って進路が定められた。

 巨体が飛べば地上に出来る陰で進路がわかってしまう。なるだけ高度を上げて雲の上を飛ぶ。

「目くらましの術を掛けてるけど、何処で見つかるかわからないもんね」

 前回は何処ぞの魔術師が使い魔を放って、倒しても倒してもしつこくて師匠は嫌気が差した程だ。ワイバーンを飛ばせば追ってくるのはドラゴンハンターだけではない。何事があるのかと有形無形の使い魔が送られてくる。竜の卵がある場所の情報はドラゴンハンターが高く買ってくれる。強力な眩術をも突破してくる術者はそれだけ力を持つ者であるから、退けるのも一苦労なのだ。

「プロスペロ、心配はいらないだろうけど、瞳の色を変えておこう」

「あ、忘れてました。すいません」

 屋敷には鏡がない。鏡はそれだけで魔法の出入口になってしまうからだ。師匠の書斎にはあるのだが、普段は覆いが被せられている。その為プロスペロは自分の外見を知らない。特徴的な金瞳をしているらしいが、確認したいと思う程の興味はなく、瞳の色で目立って覚えられたりするのを嫌って、出掛ける時、来客の時は必ず琥珀色に変えていた。

 師匠に外見を構わないのも程がある、と叱られたのは、着る物を作るのが面倒臭くなって野菜を収納しておく麻袋を服にした時だ。頭と腕の部分を切りとって着ていたら、鏡を使って街に出てまで服を買って来てくれた。髪はアリーズに頼むと短く切ってくれる。それがとても酷い有様だったので、見かねたパン屋の女将が切ってくれるようになった。

 自身の姿を見ない理由の一つは「女の子みたいに綺麗で可愛い」といわれる所為でもあった。プロスペロは男だから男らしくありたいと自然に思っていたし、将来的には逞しい肉体の強い男になりたかったので、望むのは男らしい顔立ちであり「喋らないと可愛い女の子みたいね」だの言われる顔ではない。

 ハーレプリンセスのシリーズを貸してくれたおばさんは「あんたこんなの好きだろ。絶対好きな顔してるよ。貸して上げるよ」、と大切なシリーズ本を押し付けるように貸してくれた。パン屋の女将は切ってもらう度に必ず「伸ばしたらいいのに勿体無い。可愛いんだから似合うわよ」と溜息をつくのだ。そしてそこの幼い娘には「こんな顔のお人形さんが欲しい」と駄々を捏ねて泣かれてしまった。正直な男たちには「何で女に生まれなかったのお前」「お宝の持ち腐れだよな。男でその顔は」「お前に限ってはスカート穿いてても許す」と好き勝手に言われた上に許されたりした。

 極めつけは「ペロちゃん、女になっておいらのお嫁さんになりなよ」だった。どうやってだ?隣にいた兄が弟を「何言ってるんだ?」と窘めたが、続く言葉は「そうなったら俺の方が歳が近いんだから俺の嫁さんだ」だったから、顔面パンチを決めたプロスペロを誰も責められなかった。

 好意で出た言葉たちではあるのだが、かなり少年の心を傷付けてコンプレックスになるまでにしていた。

 師匠には必要以上に村人と親しくなるな、と戒められているが、炎に群がる夜の虫たちのように、呼ばずとも美貌に惹かれて来てしまうのだからどうしようもない。

「――その瞳の事なんだけどね」

 瞳の色を変えようと翳していた手を下ろして師匠に瞳を向けた。

 金瞳とは大抵光の加減でそう見える場合が多いのだが、プロスペロの瞳は暗闇の中でさえ金色に輝いていた。その上が瞳孔の藤色だ。特別な一族だけが持つ藤色の瞳孔と金色の虹彩。

 幼児の彼が身に着けさせられていた鉄輪は奴隷の鉄輪に精巧に似せられていたが、彼の特別な瞳と特徴的な魔力の波調を隠す魔法が施されていた。

 師匠は大切なものだけを入れた小袋に手を突っ込んで探り、鎖型の首輪を取出した。

「魔法は長続きしないし一々面倒臭いでしょう?同業者には簡単に見破られちゃうしね。作ってみたんだよ。苦労したんだよ~」

 見た目はメッキを施しただけの首輪だ。プロスペロと刻まれた円柱のペンダントトップに鎖が付いているが継ぎ目がない。金目の物だと思われないように、しかし愛玩奴隷の鉄輪ともとられないように慎重に考えた結果だった。

「これを着けている限り、君の目立つ瞳は常に琥珀色だよ。相当の力を持つ魔法師でも見破れないよ」

「俺の瞳の色ってそんなに目立つんですか?」

「目立つよ。出自がわかっちゃうね」

 奴隷だと、小声でしかし聞こえるように続いた。

 プロスペロの背筋を戦慄が走った。恐怖に心臓が絞めつけられたかと思うと次の瞬間には動きが速くなり、その音が聞こえる程だった。脳裏に幼い日の光景が浮かび上がる。

「……師匠………」

「君の一族は大罪を犯して奴隷の身分に落とされたんだよ。何処に逃げても瞳の色で知られてしまう。君の魔法は独特だと言ったよね。魔力の波調も独特なんだよ。その所為で君は何処に逃げようと簡単に探し出されてしまうんだ」

「師匠…」

 逆光になった師匠の顔は暗くて表情がよく見えなかったが、プロスペロの知る師匠とはまるで別人に思えた。邪な波動を感じた。

 汗が噴き出し小さく震える手に首輪が押し付けられた。

「君の瞳も波調もこれで隠せる。誰の目からも逃れられるんだよ」

 光の中で突然ニコッと何時ものように笑うと、

「服を着るみたいにずっぽり被ってご覧よ。すっと首に落ちていくよ」

 言われた通りにすると確かに首輪は何の抵抗もなく頭をスッと抜けて首に収まった。

「苦労して作ったんだから、絶対に外したら嫌だよ」

「はい…」

 まだ体は震えたが安堵感もあった。これで誰も自分を奴隷に戻すことは出来ない。一気に汗が噴き出た。

 心配ないよ、と言いたげにパロロが長い飾り毛のフワフワした可愛らしい姿で甘えてくる。ツチラトも気遣うように耳の辺りに鼻を寄せた。

 呼吸が清浄に戻った頃には、荷箱に入れた筈のチーズを師匠が何時の間にか取出して食べていた。その姿を見ると安心して、さっきのは恐怖が見せた錯覚なのだろうと一人納得した。大罪人の一族の子と知りながら匿って養ってくれた恩人なのだ。

「師匠」

 ハッキリした口調で呼び掛けた。

「何?だってお腹が空いちゃったんだよ。荷物運んだりとか色々色々……。プロスペロもお食べよ」

 自身の小袋しか運んでいない癖に労働したと主張している。自分が多めの半分に分けて差し出した。

「ありがとうございます。感謝します」

「うん、絶対外したらダメだよ」

 受取りそうにないとさっさとチーズを引っ込めようとしたが、素早く掻っ攫っらう。マケールさんのチーズは美味しかった。

 

 火山が近付いてきたのは暑さでわかった。汗まみれになって堪え難くなった頃、師匠が一行の周辺温度を下げた。それでも熱いが耐えられる。

 始終寝床で眠っているワイバーンのプルカムは、荷物を下すとその場に丸くなって目を閉じた。流石に竜種である。火山の熱さをものともしない。

 炎竜は火口から入って卵を産むらしいが、さすがに火口からは無理だ。長くダラダラと続く洞窟の先、開けた場所に卵が三つ横たわっていた。岩陰に敷布を敷くと師匠の術が強くなって、汗が退く程涼しくなった。

「師匠、前に来た時は孵化は確かあと…今からでも三年は先になるって仰ってましたよね」

「そう、早まってるの、だから余計に気になったのよ。無事産まれるかな~」

 卵に寄ると師匠は「こんにちは」とコンコンと叩いてみる。応えるように少し卵が動いた。

「おお、生きてる!?」

 興奮でプロスペロの鼻息が荒くなった。自分も寄ってザラザラする表面を撫でた。また少し動いた。耳を当てると雛がたてる音が聞こえた。

「そうだね。はい、ここで一つ注意がありま~す」

 片手を腰にあて、片手の指を一本立ててプロスペロに向き直る。

「はい」

 よい返事をして真剣に聞く態勢をとった。パロロも横に並ぶ。

「炎竜が孵ったからってすぐに近付いてはいけません。炎竜は巣を知られないように、痕を残さない為に卵の殻を燃やしま~す」

「へぇ----、はい⁉」

「その時!非常に高温の炎が一瞬にして上がりますよ。近くにいたら中までこんがり炭になっちゃいますから、炎竜が殻を燃やすまでは十分距離を取って見学すること⁉」

「ほぉーーー、ハイ⁉気を付けます⁉」

 マグマ溜まりの傍で三十年以上も燃えない卵が、一瞬にして燃え尽きるのだから想像だにしない高温になるのだろうが、生れなければどうなるのか。疑問を師匠にぶつける。

「段々炭になっていずれ壊れちゃうね。そうなる前にドラゴンハンターに見つかったら、薬だの甲冑だのに再利用されちゃうね。その場合中身が薬で、殻を甲冑に使いますよ」

「薬っていうことは食べられるんですか?孵化前の卵を茹でたり焼いたりして食べる地域があるじゃないですか。そういう感じなのかな?」

 驚きに大きく見開いたパロロの青い瞳がプロスペロを見上げる。

「…そうだねぇ、そういう発想はなかったなぁ。凄く貴重だから細かく粉にして売るのが普通なんだよ。少量がエライ高値で売れちゃうから、一個卵があれば孫位までは左団扇で暮らせちゃうよ」

 胸の前で腕を組んで考え込んだ。

「でもねえ、孵化前とはいえ結構硬いからそのまま食べたら歯が欠けちゃうんじゃないかな。炎竜だから耐火力半端ないじゃない。なんてったってマグマ溜まりの傍で孵化するしねぇ。焼いたり煮たりは通じない……よねぇ…?試した事ないけど」

 ツチラトは何か言いたげだったが周囲を見回ると、荷物の上にどっかと横になってそのまま目を閉じた。

「粉にしたのを、団子の要領で丸めて、っていうのはどうでしょう?」

「そうだねぇ……そうすれば食べれないこともない、のかなぁ。……もし孵化しないのがいたら試してみる?誰かにこの場所を知られるのも嫌だし…」

「上手く言ったら食材に困らなくなりますね。団子にするのが手間だけど、売ってもいいし」

 パロロはコクコクっと頷いて、自分も食べたいとでも言いたげに涎をちょいと垂らしながら、プロスペロの膝を小さな手で叩いて瞳で訴える。親指を立てて笑顔で応えた。

 卵はプロスペロより大きいから運ぶのは手間になるだろうが、方法はその時考えればいい。探求心に少年の瞳は輝いていた。

 

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