エピローグ
「え、プロスペロ一緒に帰らないの?」
「師匠はご領主殿と一緒に帰って下さい。俺は島を探検してから帰りますから。そう言ってたでしょ」
何を今更的なニュアンスで師匠をバッサリと切る。
昨日の魔法で疲れ切っていた面々の遅い朝食の席だった。準備が整い次第帰ると告げたウィクトルにそれがプロスペロの答えだった。
彼にしてみれば、それが為にお高い目のダンジョンを配置したのだ。
「じゃあ儂もいる」
「誰がご領主殿を連れて帰るんですか?」
プロスペロが邪険に訊いた。
風の魔法師クルトはランデスコーグの船団が航行可能になり次第、風を送る為についていき、ウラースロー大陸近海まで船団を届けることになっていた。
アルトドルファーは治癒魔法師として、クルトの友として同行するという。
領主には何がなくとも日々様々な仕事がある。首尾よく撃退したからはさっさと帰って領主の仕事に戻らねばならない。マイエの転移魔法は近距離専用で、アーベントロート辺境伯領まではとても送れない。
「鏡の魔法で送ればいいよ」
「断る。ワヒーダ女史が、ウィクトル殿の鏡の魔法は下手だから、そんな機会があっても断った方がいいと注意された」
「バレてる……」
流石のウィクトルが一言もなかった。
大魔法師とて苦手なものはある。ウィクトルは鏡自体が何とはなく好きになれず、その所為か鏡を使った魔法は苦手なのだ。
「ほら師匠、帰りは誰か呼ぶから、気にせず帰って下さい。二、三日で帰りますから」
心配が必要なような可愛い弟子ではない筈なのだが、ウィクトルは何故だか弟子を離したがらない。
「………ウィクトル殿、うちは息子や妻に任せておけばよいから、急がないぞ」
何やら察したディートヘルムに助け舟を出される。
「お父様と一緒に探検出来るのですか?」
娘の表情がパッと明るくなったのが父として嬉しくて眉尻がだだ下がる。娘と一緒に探検、全然悪くない。
陽の下で見るズージは、ストロベリーブロンドが陽に透けて天使を見るようだった。寄ってくる男には気をつけねばなるまい。
ランデスコーグ軍が『不死の軍団』を送って来ると聞いた時には、それが間違いなく真実であるとわかった時には最悪の事を覚悟した。魔法を使えない領主であることが、彼が貴族社会で嫌われている第一番の理由であることもわかっていた。だから未曾有の出来事であるというのに、国王からは妨害を受けても援軍がもらえなかった。彼にも矜持があったから何が何でも家族も領地も領民も守ろうとした。しかし蓋を開けてみると、数は少ないが超強力な助っ人が来て領主として領民を守ることが出来た。
詠唱なんぞよりもっと華やかで乗りのいい歌を唄いたい気分なのだ。
ずっと小さかった娘が己の軛から解放され、乙女となって素晴らしく可愛らしい笑顔を見せている。
好いじゃないか、少しばかり娘と探検を楽しんでも。
本当は小躍りしたい気分を謹厳実直を売りにしている辺境伯として耐えていた。
だが辺境伯は気付いていなかった。自分が時折「フ、フフ…」と不意に小さく笑っては周囲の人間を怯えさせていたことを。誰もがいっそ大喜びして、唄い出してくれた方がいいと思っていた。
プロスペロも今回の助っ人は大満足だった。美少女と出会えて地下迷宮で一番お高いダンジョンを探検出来るし、何より部屋付き女中のアデリーネが、師匠に内緒で恋愛小説を買って送ってくれることになったのが最大の収穫だろうか。
「お師匠様のお耳には入れられませんが、私も十二の歳には大概のものは読んでいましたから」
そう言って秘密裏に新刊情報なども手に入れてくれるという。
師匠が思うより弟子は魔法を濫用している。鏡の魔法で送ってもらう為に適当な大きさの鏡も手に入れた。アデリーネの手鏡から遣り取りを出来るようにしたのだ。
ブルー・ナ・ノウスの屋敷には師匠に内緒のプロスペロの図書室もある。そこにはもらったり密かに行商人から買付けた、恋愛小説という名のエロ小説が少ないながらも置いてあるのだ。師匠にバレないように細工も施してある。
犬モドキのツチラトが、動き易いように短いがそれでも膝下まであるスカートから覗くズージの足をベロリンと舐め上げ、ランデスコーグ軍の船団まで届きそうな悲鳴を上げさせた。
どこかに応募しようと思って書いたのですが、どこに応募したらいいのかわからなくてこちらに投稿させても頂きました。
読んだ感想をとても聞かせて欲しいです。
自分では客観的に見れないし、身近で読んでくれる人もいないので、自分の書いたものがどれ位自分が思った通りに書けているか知りたいです。
この話は随分昔、高校生時代から温めていた話です。もう書く機会はないかと諦めていたのですが、何となく久方振りに書く気になって仕上げてしまいました。初期設定とは大分違うようになりましたが、師弟関係だけは変わらずです。
次のお話しも書いているのですが、今作よりも剣と魔法の話らしいです。そちらも出来上がったら読んで欲しいです。




