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花と屍と獣と花火  作者: 燕子花猫丸
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あくる日の木洩れ日のアバンチュール

♯6 あくる日の木洩れ日のアバンチュール


♪                                           ♪


「んあー、違うんだよなー……もっとこう、パッションが足りないっていうか……」


 絵筆をパレットに置いて、出来上がった絵画を眺めて、唸る。

 なんか違う。なんか想像していたものとは方向性から何もかも違うその作品に、出てきたのはその言葉だった。

 あんなに苦労したのに、もっといい作品が出来上がると思っていたのに。

 思えば、毎回そうだった。描きたいイメージは頭にあるのに、描いている内にずれてきてしまう。ずれが生じてしまう理由が全く分からない。

 立ち上がって、色んな方向から絵を見てみるものの、どこから見ても全く変わり映えしない。

 うんうんと悩んでいたけど、結局答えなんて出なかった。諦めて、ソファにおもいっきり大分して項垂れる。足をバタバタとするたびに、ソファのスプリングがギシギシと軋む。

「……俺にも、おじさんみたいな才能があればなぁ……」

 顔を埋めながら、ここには居ない人のことを思う。

 すると、追い打ちをかけるようにアトリエの扉が開け放たれた。


「あ、居た居た。ちょっとハル。またここで絵を描いてたの? 洗濯物取り込んどいてって頼んだわよね?」

  

「……なーんだ。姉ちゃんか」

「なんだじゃないわよ、ぶん殴るわよ」

 その言葉と同時に、鉄拳が俺の頭に振ってきた。

「姉ちゃん、もう殴ってる……」

「仕方ないじゃない。頼み事やんなかった罰よ」

 そこに居たのは、困り顔をしているジュリア姉ちゃんだった。

タンクトップにワークパンツといういつものラフなスタイルだ。腰まで伸びた銀髪を、後ろで一つで結っている。

 その佇まいは本当にきれいで見惚れてしまう程だけど、いかんせん暴力的過ぎだった。

 いつも厳しくて、何か悪い事をした仕舞いには鉄拳制裁が当たり前だった。

なんか昔は軍人とかやっていたらしい。そりゃ強い筈だ。

「で、何だよ姉ちゃん。洗濯物取り込めばいいの?」

「いや、それはもういいわ。……その代わりにこれやっといてくんない」

 そう言って、姉ちゃんは俺に何かを寄越してきた。……色取り取りの花と、美味しそうなスフレだった。これだけで、要件を察する。

「おじさんのとこ?」

「そっ。あ、ついでに井戸の水くみもお願いね」

「えー! それは姉ちゃんがやれよー! 俺よか力あるんだからさー!」

「ぶん殴るわよ」

「ごめんなさいすぐ行きます!」

 これ以上殴られたらたまったものじゃない。そそくさと準備をして、その場を後にした。


「……やれやれ、成長しても何も変わんないんだから……」


 ♪                                          ♪


 うねうねと続く山道を、突き進んだ先に、それはあった。


 見晴らしのいい丘の上に立つ、木造の小さな手作りの教会だ。

 勿論、姉ちゃんと俺で作った代物だ。

 色取り取りの物珍しい形の花や植物が生い茂っている中、舗装された歩道を歩いて、建物へと近付く。全体を白で塗装したそれの扉を開くと、ギギギという小気味良く軋む音が響いた。

 中は、広々とした吹き抜けの聖堂が広がっている。簡易的な椅子が幾つか置いてあって、中央の通路の先には、三つの十字架が立ててある。

 そこへと近付いて、十字架の前にある祭壇に花とスフレを備えた。

「……おじさん達がいなくなって、もう十年か……」

 近くの長椅子に腰掛けて、ボーっと天井を眺めて、物思いに耽る。

 俺自身の境遇と、昔何が起こったのかは、姉ちゃんが全部話してくれた。

 俺が、孤児だったことも、この世界が宇宙人によって侵略されたからこんな世界になったことも、その宇宙人がこの地に根付いていた宇宙人を倒したことによって平和が訪れたことも。

とはいえ、正直言って、小さい頃の話だから鮮明には覚えている訳ない。

気が付いたら、この街は植物と花で浸蝕されていたし、人類はもうほとんど絶滅していた

 誰かがどこかでしぶとく生きているかもしれないけれど、まぁどうでもいい。

何やかんやで、俺は生きていた。

朝起きて、姉ちゃんにこき使われるがまま家事をしたり食糧とか水を採取しに行ったり、隙を見てアトリエに逃げ込んで絵を描く毎日だった。

 絵を描くようになったのは、確実におじちゃんの影響だろう。おじちゃんのように綺麗かつ繊細な作品はまだ描けないけど。

「……俺も、あの作品のようなの描けるようのなるのかな……」

 祭壇の一番目立つ位置に飾られたそれを眺めながら、溜息を吐く。

 いつ見ても、魅入ってしまう。こんな作品を作る事が出来るおじさんを本当に尊敬していた。

 もっと、色々と話してみたかった。色んな事を、教わりたかった。姉ちゃん曰く、ロクな人間じゃなかったらしいけど。


「ワン!」


「うぉう! びっくりしたぁ!」

 ボーっとしていると、何ボサッとしているんだとばかりに鳴き声が聞こえた。

 驚いて後ろを向くと、鋭すぎる目つきの中型犬が何してんだとばかりに傍に座り込んでいた。

 ……なんだ、ワンタンか。

「そんなところに居たのかよ。探しだぞ? 勝手にうろちょろすんのは止めろって。姉ちゃんも心配すんだからよ」

「わふっ」

 分かってんのか分かっていないのか分からない返事をして、尻尾を振る。

 ……きっと、こいつのことだ。また俺を元気付けようとしているのだろう。

「全く、そんなに俺が心配か? もう十五歳だぜ? 姉ちゃんにはまだ力で負けちまうけどさ」

「ワン! ワンワン!」

「あーもう分かった分かった! 戻って飯にすっか。ほら、行くぞ! 早く戻らないと姉ちゃんにどやされちゃうし」

 ポンとワンタンの頭を撫でて、教会を後にする。

「……また来るね。おじさん。アウル。ヴェネティ」

 姉ちゃんから、言われていることがある。おじさんたちを忘れてあげないで欲しい。

 当たり前のことだけど、大事なことだ。忘れないことで、覚えていることで、おじさんたちがいた証明になる。何となく、その意味が分かるような気がしてきた。

意思を、受け継いでいこう。心に仕舞い込んで、丘を降りて、家である古城へと歩いてゆく。

 この星は、とっくに滅んでいる。だけど、だからどうしたっていうんだ。

 僕たちは、生きているのだから。色んな人の意志を受け継いで。


 キャンパス一面に描かれた色取り取りの巨大な花火の絵が、その行く末を担っているような気がした。


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