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花と屍と獣と花火  作者: 燕子花猫丸
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たった一つのしょうもない生き方


 ♯4 たった一つのしょうもない生き方


 ※                                          ※


 雲一つない、綺麗な青空が広がっていた。


 木洩れ日が窓際に差し込んでいて、心地いい風がカーテンをユラユラと揺れていた。

 革張りのソファ以外何もない部屋だった。いつものアトリエじゃない。見覚えのない部屋で、とくに何かをすることはせずに、ソファに座り込んでただただボーっと一点を見つめていた。

 どうして、ここに居るのだろうか。何かを思い出そうとしても、何も思い出せない。

 思い返そうとするものの、全く何も思い出せない。頭の中で靄が掛かっている。というより、何かどうでもいいやと思っている自分が居た。

 不思議な気分だ、何か考えるのもはばかれるほどにどうでもいいと思ってしまっている。

 ……まぁ、いいか。別に対したことも無いだろうし。諦めて、窓辺から空を見上げる。


 トンビか一羽、良い鳴き声で遠くに飛んでいったのが見えた。

   

 ●                                          ●


「……どないした。冴えない表情しとるやん。お腹でも空いとるんか?」


 窓辺から闇夜に浮かぶ満月を眺めていると、馴染みのある声が届いた。

 横を見ると、小動物形態を取ったヴェネティがいつの間にか存在していた。

 手にコップを持っていて、ゴクゴクと飲んでいる。……何を飲んでいるのだ。

「ん? ホットミルクや。季節外れやけど、落ち着くんやでこれ。飲むか?」

 要らぬ。そんな気分ではない。

「はっ、強がりよってからに。まぁ別にえーけどやな」

 悪態を付きつつ、同じように星空を眺める。……ちょっかいを出しにきたのであれば、放っておいてくれぬか。何度も言うが、そんな気分ではないのだ。

「坊主のことやろ? 珍しいやん。チビッ子やのうて坊主の心配しとるなんて」

 ……全く。お主に隠し事は通用しないな。心を読むのが得意なのではないか?

「んな訳あるかい。てか普通に考えたらそうなるやろ。こんな状況なんやし。ったく。タイミングが悪すぎるでホンマに。まさかサングライドの糞野郎とエンカウントするなんて……」

 お主がそんなに言う程だ。それほどに、あの青年の状態は良くないのか?

「良くはないな。心拍は安定したけど目が覚めんし。いつ病状が悪化してもおかしくないんやから。まぁ、わいらが出来ることなんざなにも無いやろな。後は坊主自身の戦いなんやから。祈るくらいしかやれることないんちゃう?」

 別に、祈る神など存在しない。確かに、我に出来ることは何もないのは事実ではあるがな。

「は、かっこつけおってからに。まぁ、息を吹き返して欲しいってのは素直な願望やけどな。死んでも死に切れんやろ。まだ絵も完成させてないんやから」

 それは、我も同じだ。芸術という分野は我もよく分からぬが、あの青年の信念を全て込めて描き上げた作品というのはぜひ拝みたいものだ。

 ……だが、それ以上に大丈夫なのか? そのサングライドというのは、お主の故郷を滅ぼした元凶なのだろう? この星自体が危ないのではないか。

「何とも言えんな。ボスを信じるしかないんや。ドンパチが始まるってのは確かやけどな」

 嵐の前の静けさというのは、このことか。我らも駆り出されるのか?

「わいは駆り出されるやろな。なんせ、わいはボスの契約した守護獣みたいなもんやし。そっちは多分坊主のとこで護衛頼まれると思うで」

 ……護衛も何も、我は何も出来ぬぞ。我自身が太刀打ちできる相手ではないだろ。

「やけど、坊主とチビッ子を守ることくらいはできるやろ。なんや? 怖気づいとるんか? 高貴な血族とか抜かして肝っ玉はちっさいんやなぁ」

 お主は、本当に相手の心を逆なでするのが得意だな。ここで前哨戦を行ってもいいんだぞ?

「冗談や。……今は、心を落ち着かせとこうやないか。多分、最後の休息になるやろし」

 そのような世迷い事を告げて、ホットミルクとやらを小さな手を駆使して器用に飲み干す。

 その横顔を見て、ふと嫌な予感がした。……お主、もしかして、命を賭して戦う気か?


「……さぁな。そんなの、わいの勝手やろ?」


 ♭                                          ♭


 重苦しい空気が、辺りを支配していた。


 アトリエの隣にある寝室のベッドには、安らかな寝顔で眠り続けているアキラの姿が。

 そんな彼を取り囲むように、私とアウルが向かい合っていた。ラボに籠っていない所を見るのが久々な気がする。

「……バイタルは安定したみたいデスね」

「どうにかね。一応、救急医療の対処齧っといてよかったわ。……いつ起きるかは分かんないけど、多分一命はとりとめたと思うわ。……で、波留の方はどうなの?」

「怯えてたデスけど、疲れて眠ってるデス。後でヴェネティに見張りを頼んでおくデス。それよりあなた自身も大丈夫なのデス? 内臓に穴が開いているというのに」

「私は大丈夫よ。あんたの調合してくれたカンフル剤打ったらあっという間に傷なんて塞がったし。ちょっと休んだら普通に動ける分問題無いわ。何にせよ、どうにか無事に二人を取り戻すことが出来ただけでも良しとしましょう。後はアキラの精神力が勝つことを祈るくらいしか出来ないし……で、それは置いとくとして聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「……イヴァンのことデスよね?」

「分かってるじゃないのよ。そのこともそうだし、もっと知りたいこともあるのよ。あんた達ザウロネスとの因縁のこともそうだし。そもそも、何者なのよあいつ。あんたが用意してたギアの攻撃が効かなかったら確実に死んでいたわよ」

 アキラと波留の状態が安定したのは一安心だった。私自身の怪我も、思ったより大したことはなさそうだ。とはいえ、この際だから聞いておかないといけないことはあった。

 二人の前に現れたあの上半身裸の男のことだ。正直言って、油断したら確実に殺されていた。

 得体が知れな過ぎる。これから敵対する相手のことだから、情報を聞くのは尚更だった。

 ただでさえ、意味が分からないのだから。

「……ザングライド集合生命体というのは、有り体に言うと、あなたに集めて貰ったサングライド鉱石あるじゃないデスか。あの鉱石の一つに魂が宿って、引き寄せ合うように幾つものサングライド鉱石が集まって一つの形を成したのが、あのイヴァンなのデスよ」

「へぇ、集合体ってそういう意味なの」

「意外と驚かないんデスね。石が意志を持つわけないって言うと思ったデスよ。石だけに」

「そんなしょうもないギャグはいいから。……宇宙人が地球侵略してる時点でもう非現実的なんだからよっぽどのことが無い限りは驚かないわよ」

「耐性が付いたのデスね。その動じない精神力の強さは素直に見習いたいものデス。彼は、その集合体の一体デスね」

「一体ってことは、同じような個体が他に居るってこと?」

「他には居るデスけど、群れて行動はしないデスね。むしろ、お互い仲が悪いから内輪もめが多いんデスよ」

「へぇ、そうなのね。なんか意外かも」


「まぁ、サングライド集合体は固定の星を持たない移動要塞なので仕方ないんデスけどね」


「成程ね……ん? ちょっと待って? 固定の星を持たないってどういうこと?」

 思わずスルーしそうになったものの、思わず反応してしまった。アキラが寝てるというのに大きな声を出してしまったからすぐに音量を抑える。

「そのままの意味デスよ。彼らは定住地を求めて様々な星々に降り立って侵略し、資源を取りつくしたり気に入らなかったりとかしたらまた別の星に去ってゆくのを繰り返してるデス」

「……じゃああいつは、他の星からここに流れ着いて定住しているってことなの?」

「ご明察デス。正しくその通りデスよ。普段だったら地下深くで眠っているのですが、私達が侵略していることに気付いて、ひょっこり顔を出したということデス」

「最初からそれ狙いで、あんたはこの星を侵略したってこと?」

「その通りデス。中々鋭いデスね」

「いやいやいや、こっち見事なとばっちりじゃないのよ!」

「そう言われても仕方がないデスけどこれだけは言わせて下さい。私たちは、星一つを滅ぼされたんデス。生き残ったのは私とヴェネティだけ。復讐するにはこうするしかなかったのデス」

「……あんた達ザウロネスは、あのイヴァンに滅ぼされたってこと? 確かにオーラは凄かったし只者じゃないなってのは分かるけど、あいつら一体どうやって滅ぼしたのよ。なんか特殊な能力でも持ってるの? 少なくとも植物とかバイオエネルギーを操るあんた達が太刀打ちできないんだから、よっぽど厄介なんだろうけど」


「太刀打ちできなかった理由は単純明快デスよ。……相性が悪かったんデス。何せ、彼らは鉱石の集合体でもある上に、体中を摂氏五千度以上の炎を纏って自在に操ることが出来るのですから。どんなに高度な文明が栄えていようとも、炎を纏った巨大な鉱石の雨に襲われたら太刀打ちは出来ないじゃないデスか。緑豊かだった星があっという間に一面焼野原になってしまったデス。……あなた達の星に彼が存在していた理由も、何となく分かるのではないデスか? 何万年か前、一度文明が滅んだらしいじゃないデスか。隕石が原因で」


 その言葉に、ブワっと鳥肌が立った。正直、謎に思っていた。どうして、ザウロネスを滅ぼした元凶が、ここに存在しているのか。

「……隕石と共に、奴が襲来してずっと住みついていたってこと? でもどこに……」

「彼らが好むのは、とにかく高温の場所デス。高温であるほど好ましい。……この星の地下深くはマグマが眠っているのデスよね? 恐らく、ずっとそこで寝静まっていたのではないかと」

「何万年もの間、ずっとってこと?」

「えぇ、何万年もの間、ずっとデスね」

「ちょっ、ちょっと待って、だったら時間軸が合わなくない? あんた達は星を滅ぼされてから、何万年も間ずっと追っていたってこと? 流石に現実味無さ過ぎじゃないのよ!」

「それに関しては、そこまで驚くことはないと思うデスよ? この星での時間の流れだったら途方もないことだと思うデス。だけど、宇宙に出てしまえば時間の概念はひっくり返ってしまうデスし。現に、彼の生息地を捕捉するのにかかったのは私達の感覚だと三年程デスし」

「……そんなにズレがあったのね」

 さっきから驚きっぱなしだった。だけど、言っていることは全部理にかなっている。

 ……とはいえ、どこか引っ掛かっているところがあった。

「……ねぇ、あんた達の境遇には納得はしてるし、そこまで強くは言わないわ。だけど、あんた達がしてかしたことで少なくとも私達にも犠牲が出てるのよ。もう生きている人間なんて殆ど居ないんじゃないかって思う程に……もっと他に、方法とか無かったの?」

「……あったかもしれないデスね。少なくとも、あなた達への被害を抑えた上で、イヴァンのみを仕留める方法が。しかし、それは不可能だったんデス。根を張った際にまき散らした私達の胞子が、あなた達の生態系に異常を及ぼしてしまったのデスからね。想定外でしたし、色々と言われても仕方がないデス。そこに関しては、我々の調査不足が招いたことデスし」

「そう、分かってたら、いいけど……」

 彼女が口にしたその言葉を受けて、素直に何とも言えなかった。

 分かっている。分かっているのだけれど、言わずにはいれなかった。

 ……彼女達の星は、既に無い。その敵を取った所で、帰るべき場所は無いのだ。ただ彼の息の根を止めるためだけに、彼女はここまで大がかりな騒動を引き起こしている真っ最中だ。

 その胸に秘めた悲痛な覚悟に、これ以上何も言えなかった。

「……で、具体的にはどうするのよ」

「元はと言えば私達が巻いた種デス。イヴァン本体には私とヴェネティで対処するデスよ」

「そう、じゃあ私は指咥えてみてろってこと?」

「有り体に言えばそういうことになるデスかね。でも、ジュリアにも重要な指令があるデス。……私たちはイヴァンを抑えている間、ヴァルハラ達を守って下さい」

「……まぁ、そうなるわよね」

 そんな予感はした。というより、私が出来ることなんてそれくらいしか出来ないだろう。

 アキラは眠ったままでいつ死ぬか分からないし、波留はまだ子供だし、ワンタンに至っては犬だ。私がしっかりしないと、どう足掻いても死んでしまうのだから。

 それ以上に、決意に漲る彼女の重い言葉に、断ることなんてできなかった。

 聞かなくても分かる。彼女は、本気だった。


 本気で、死ぬ覚悟でイヴァンと対峙しようとしている。


「……分かったわよ。あいつらは私が責任もって守るわ」

「ありがとうデス。あなたなら、そう言ってくれると思っていたデスよ。これで、私も思う存分暴れることが出来るデス」

「一応聞いておくけど、大丈夫なんでしょうね? 少なくとも一筋縄じゃないと思うんだけど」

「あ、もしかして心配してるデス? 確かに、相手は相当手ごわいです。いくら幾重の修羅場を掻い潜ってきたジュリアとはいえ、もしかしたら大怪我を負う可能性だってあるデスし、死ぬ可能性だってあるデス。だけど、ご安心してください。そうと思って、あなた専用に新しいギアを新調しておいたのデスよ。後で届けますね」

「……あんたは平気なのかって聞いてんのよ。あんたが強いのは分かりきってるけどあいつは互角……それ以上に強いじゃない。幾つもの星を滅ぼして回っている移動要塞なんでしょ。そんな相手に今から喧嘩売ろうとしてんのよ。……自殺行為としか言いようがないじゃない」

 この期に及んで私の心配をしていたアウルドルネになんか腹が立って言い返したものの、何言ってんだこいつと言いたげな表情でこっちを覗く。

「……何よ。別に面白いことなんて言ってないんだけど」

「いえいえ、ごめんなさいデス。わざとじゃないんデスよ。……まさか心配されるとは思わなかったので。……大丈夫デスよ。ちゃんと作戦も立ててますし、勝機もあるデス。約束しましょう。……どんなことがあろうと、あの諸悪の根源を完膚無きにまで葬り去る。故郷を滅ぼされてから、私はそのために生き永らえてきたのデスから。ぶち殺します。それが、私の生きる意味でもあり、あなた方の礎となるのデスから」

 爽やかな笑みで、そんなことを言う彼女に、私は恥ずかしくなった。こんな覚悟を背負ったアウルに、私は何を言っているのだろうか。

 彼女は、全てを見据えている。全てを見据えた上で、全てを終わらせるために、前に進もうとしている。彼女は、自分を犠牲にして、全てを救おうとしていた。

 それはただのエゴなのかもしれない。ただの贖罪かもしれない。余計なお世話かもしれない。

 少なからずとも、勝手に人の星荒らしといて何言ってんだと思った部分もあった。

 だけど、それも全てひっくるめて、何もかもを包み込んだ上で、何もかもを受け入れた上で、前に進もうとしていた。そんな彼女を、とても止めることなんてできなかった。

「……作戦決行はいつなの」

「明日の夜二十四時に決行するデス。場所は、先日動きを封じ込めたあの湖。私とヴェネティのみで立ち向かいます。あなたは、絶対にここを守り抜いて下さい。防護シールドを何重にも張っておきますけど、相手が相手デス。想定外の方法でシールドを破ってくる可能性だってあるデス。それでも、守り抜いて下さい。それが、ジュリアの使命デス」

「……あんたに指図される覚えは無いわよ」

「ふふふっ、そうデスね。……そろそろ寝ますか。明日は忙しくなるデスよ」

 話を打ち切るように、アイルは席を立ってその場を後にする。

「……アウル。絶対に、帰って来なさいよ」

 悲壮な覚悟を背負っている背中を見て、思わずそんな言葉を口にする。


「……当たり前じゃないデスか。死んででも帰ってきてやりますよ」


 ♪                                         ♪


 おいしそうな良い匂いがしたから目をあけると、ワンタンがワンワンって吠えていた。


「どうしたのワンタン? おなかすいたの?」

 あたまをワシワシとなでてあげると、うれしそうにワンって返事をしてくれた。ジュリア姉ちゃんにご飯おねだりしないと。

 お布団をポイってして部屋から出ようとしたけど、思うように動かなかった。

 なんかずっしりって重たい。色んな所がズキズキしてる。なんでだろ。わかんないや。

 うんうんって考えてると、バタンってドアが開いた。ジュリア姉ちゃんだった。いつものフリフリの服を着ている。すっごい怖い顔して、ハルの所に来てガシって掴まれた。

「波留!? あんた大丈夫なの!? 痛いとこはない!?」

「ジュリア姉ちゃん、痛い……」

「えっ、あ、ごめん……つい……」

 姉ちゃんの怖い顔がすぐにシュンってなって、手を離してくれる。……びっくりした。

「……大丈夫なの。波留。どこか変な所ない?」

「うん。なんかズシーってなってあんまし動けないけど、大丈夫だよ。ほらワンタンも大丈夫って言ってるよ」

「ワン! ワンワンワン!」

「……そう、大丈夫そうならいいけど、今日は遊ぶのは無しで大人しくしときなさい」

「えぇー、つまんないよー」

「朝ごはん抜きにするわよ」

「ごめんなさい」

 朝ごはん食べれないのは嫌だから、きちんと謝るとお腹がグーってなる。お腹すいたなぁ。

「……お、チビッ子起きとるやん。だいじょーぶかー?」

 ジュリア姉ちゃんの後ろに、ヴェネッチがいた。今日はおっきい。

「あ、ヴェネッチ。おはよー」

「おう、おはよーさん。なんや元気そーやん。心配して損したわ」

「うん! 元気だよ! お腹すいたー」

「おう、わいもお腹は空いとるで。よっしゃ、はよ飯食お飯。今日は特別におぶったるわ」

「え、ほんと! わーい!」

 ヴェネッチがノシノシってこっちに来て、ヒョイッとだっこして、肩に乗せてくれた。

 とても高い。ジュリア姉ちゃんが小さく見える。

「おー! すごい! ジュリア姉ちゃんがちっさい!」

「ちょっとヴェネティ、危ないから止めなさいって」

「だいじょーぶやだいじょーぶ。しっかっり掴まっとけよー」

「うん!」

 肩にガシって掴まったまま、部屋を出る。ワンタンもそれに続いて、テクテクと階段を降りた。下に降りると、テーブルに朝ごはんがズラーっ並んでた。どれも美味しそう。

「おー、なんやこれむっちゃ豪勢やん。ワンタンの誕生日かなんかか?」

「わふっ! はっはっはっは!」

「別に。ただの気紛れよ。ほら、さっさと座りなさい冷めちゃうじゃない」

 ヴェネッチが下ろしてくれて、隣に座る。ジュリア姉ちゃんも、向かい側に座った。いろんなお料理が、ずらーって並んでた。どれもこれもおいしそう。どれを食べようか悩んじゃう。 

「あれ、アーウドルネと、アキラおじさんは? いないよ?」

「ん、あぁ、その二人やったらまだ寝とるで。もうちょいで起きるやろ」

「あ、でも、アキラおじさん、昨日すっごいケガしてた。大丈夫かな……」

「……大丈夫。あんたが心配することは無い。今は寝てるだけだから、ソッとしてあげなさい」

 おじちゃんが昨日ケガしてたこと思いだしてシュンってなっちゃったけど、ジュリア姉ちゃんがポンと頭をなでてくれた。ワンタンも、足にすり寄って、すりすりってしてくれる。

 ……みんな、ニコってしてるけど、なんかしょんぼりしてるみたくみえた。

 でも、わかったよ。きっと、おじちゃんは大丈夫だ。だって、絵をかくまでしにたくないって言っていたんだもん。だから、大丈夫だ。きっと。

「……うん。分かった」

 だから、うんって頷いた。みんなもホッとして、ごはんをもぐもぐって食べる。

「あ、そうやそうや。ハル。今日の晩、わいとボス、ちょっと出かけてくるから」

「お出かけ? どこに?」

「ふっふっふ、それは教えられんなー。秘密や」

「えー! 教えてよー! ケチ―!」

「秘密は秘密や。教えられん。……安心せい。お土産の一つでも持って帰ったるからな。大人しくそこのゴリラ女とワン公とお留守番しとくんやで。約束や」

 ヴェネッチはそう言って、ハルに小指を出してきた。

「……うん。やくそく!」

 ハルも小指をだして、ゆびきりげんまんした。でも、ずるいよ。ヴェネッチ。


 そのやくそく、本当に守ってくれるのかな?


 ♭                                          ♭


 今まで見たことの無い、とても大きな満月が昇っていた。


 扉を開けて古城の外に出ると、広がっている世界の空虚さに、思わず閉口してしまう。

 何もない。そこにあった筈の街が、跡形も無くなっていた。今まで余裕が無かったからかもしれない。見てみぬふりをしていたのかもしれない。

 ……彼女は、この空虚な世界を見て、何を思っているのだろうか。

 何を思って、自分の大切な世界をぶち壊された災厄と対峙しているのだろうか。

「……最後まで、よく分かんなかったな」

 何も分からなかった。いや、分からなかったんじゃない。分かり合えなかったのだから。

 ……あいつに、私の全てを奪われてから。私利私欲で、勝手な自己満足で、この星をめちゃくちゃにされてから、私は、彼女のことを心の底では憎んでいたのかもしれない。

 私は弱い。そんなに強い人間じゃない。そんな私にあいつに託された命を守りきることが出来るのだろうか。下らない事考えながら、あいつ達が対峙しているであろう湖の方向を眺める。

「なにがわからなかったの?」

「うおぅ!? ビックリした……部屋で大人しく寝てなさいって言ったでしょ」

 いつの間にか、隣に波留がチョコンと座り込んでいた。クリっとした純粋な眼が、ジーッとこっちを見つめている。全く気付かなかったから普通にビックリしてしまった。

「ねれなかったもん。……ねぇ、アールドーネと、ヴェネッちは? どこにもいなかったよ?」

「……朝に言ってたでしょ。お散歩よ」

「そっか、おさんぽかー……ハルも行きたかったな。おさんぽ」

「……いつか行けるわよ。きっと」

「……ほんと?」

「きっとね。……今は大人しくしときなさい」

「……うん。わかった」

 やけに聞き訳が良かった。もしかしなくても、既にこの子の中では察しているのかもしれない。子供の考えることは子供しか分からないのだけれど。

「……ねぇ、ジュリア姉ちゃんは何してるの?」

「……待ってるのよ」

「何を?」


「決まっているじゃない。……終わりの、始まりよ」


 ☆                                         ☆


 実のところ、私自身、心の整理が付いていない部分があった。


 不思議とフワフワしている。浮かれているとは少し違う。興奮しているのだろうか。

 今から、私の大切な何もかもを壊した憎き存在を葬り去るというのに。

 なんでだろう。困惑していた。今までの私には無かった感情だったのだから。

 ……彼らと関わったことが、私の精神構造に多少なりとも影響が出ているのだろうか。

 困った。これは困る。この感情を、どう処理すればいいのか、今の私には分からない。

「……どないしたんや。ボス。何とも言えん表情しとるで?」

 悶々としていると、それに気付いたヴェネティが話し掛けてくる。

「……いいえ、大丈夫デスよ。気にしないで下サイ。ちょっとした杞憂デス」

「嘘やな。……坊主たちのこと、考え取ったやろ」

「ははは、バレていましたか」

「バレバレや。珍しいな。そないに人の感情に揺さぶられたりすることは無いやろ。むしろ、あのイヴァンが憎たらしくて堪らない筈やのに、その怒りの感情が薄れてしもうとるやん」

 流石、長年連れ添った眷属獣だ。私個人の感情の善し悪しなんてとっくに見破られていた。

「……確かに、らしくないかもしれないデスね。今から、イヴァンを相手するというのに」

「まぁでも、怒りに身を任して周り見れてないよりかはマシかもやけどな」

「……にしても、来ませんね」

「あぁ、来おへんな……」

 約束の時間から、三十分は経っただろうか。例の元凶が姿を全く現さないでいた。

油断は大敵デス。だからこそ気を引き締めないとは思うものの、見事に焦らされていた。

 ……まさか約束をすっぽかされたとか? いや流石にそれはないと思いたいものデス。

「……故郷を捨ててから、かなりの時間経ったデスね。そういえば」

「なんやいきなりしんみりと。そういうのは死亡フラグって言うんやで?」

「ふふふっ、死亡フラグというのは、破るためにあるものデスよ? アキラが言っていたデス」

「ハッ、あのヒョロガリ坊主がそんなことゆーてたんか。ゆーてることは一丁前なんやから」

「彼は見かけによらず、熱い心の持ち主ではありましたしね。反骨心というか反逆心といったほうが言い得て妙かもしれないデスがね」

「それは言えてるかもしれんな! ……あいつらのためにも、どうにか倒さんとあかんな」

「……デスね。そう思ってしまう時点で、私は前より変わってしまったのかもしれないデス。守らなければいけない存在があると、このように変わってしまうのデスね。それが強みでもあり、弱みでもあるのデスけどね」

「まぁ、見事に矛盾しとるからな。この星に住まう存在のことなんざどうでもええと思っとった反面、あいつらは守りたいと思ってしまっとるんやし。……不思議なもんやで。本当に。わいらに、そんな感情が残っとったとは思わんかった」

「ふふふっ、……そうデスね。本当に」

 複雑だった。ヴェネティの言う通りだ。私自身に、そのような心が残っているとは思わなかった。その心を持つ資格が、私にあるのだろうか。それさえも曖昧だ。

 ……ダメですね。感傷に浸る余裕なんて無いっていうのに。


「あれ、もう来てたんだね。もしかして、待たせちゃったかな?」


 不意に、声がした。空気が一気に張りつめて、準備しておいたギアを構えて、対象に向ける。

 ヴェネティも同じく、瞬間的に威嚇モードに入っていた。

「……いつからそこに居たのデスか」

「ちょっと前からだよ。フフフッ、意外と優しいんだね。故郷を滅ぼされたというのに、笑い合うことが出来るんだからさ。もっと殺伐としていて、怒りをまき散らしていると思ってたよ」

「はっ、まき散らした所で、何も解決せーへんからな。お前の口車なんざに乗らんがな」

「えー、もうちょっと乗ってくれてもいいじゃないか。まぁ、いいけどね。……で、どうする? 君達の目的は、僕の排除なんだろう? 早速殺し合っても構わないけど、その前に何か言いたいことがあったら、待ってあげるけど?」

 今にも、首根っこを掴まれそうだった。一歩でも踏み出したら、心臓を抉られそうだ。

 そこまで大きくない身体に似つかない程の禍々しいオーラを、止めどなく垂れ流していた。

 ……分かる。完全に、舐められている。だけど、それに対する答えは既に決まっていた。

「……言いたいこと、デスか。では、お言葉に甘えましょうか」

 息を吐いて、身体の力を抜く。そして、足を思いっきり踏み出して、一瞬で間合いを詰めて心の臓に特製の刀を突き刺した。右手全体を、心の臓を貫くための刀に変換した。

 彼の表情が、一瞬歪む。

「は、はははははは、……ほざくねぇ、下等種族がさぁ!」

 それは、邪悪な笑みだった。同時に左手が光だし、捉えられない速度で殴られてしまい、思いっきり飛ばされてしまう。

「ボス! 大丈夫か!」

 湖の対岸に思いっきり叩きつけられる中、直ぐにヴェネティが傍に駆けつけてきた。

 少し油断していたからか、口から少しだけ血が溢れてしまう。

「……大丈夫デス。……ヴェネティ。武装形態を取って下さい。最初から、本気でいくデスよ」

「……言われなくても、そのつもりや!」

 それが合図となって、ヴェネティは光放ち始め、猛獣形態から巨大な放銃の形に変形した。

 私が持っていた剣とコネクトし、私の身の丈以上の巨大な銃剣が、右手に宿る。

「ははは、それが、君の本気かい? 中々に不格好だね」

「そうデスか。褒め言葉として受け取っておくデスよ」 

 いつの間にか湖の湖面に浮いていたイヴァンは、左手から、炎を纏った巨大な鉱石を産み出して、今にもこっちに投げてきそうだ。

『ボス、エネルギー榴弾の準備は完了しとるで。いつでも撃てる』

「えぇ、分かりました。すぐに撃つデス」

「ん? 何を撃つって?」

「別に、何でもいいじゃないデスか。あなたと話すつもりなんて、更々ないデス。……一思いに、粉塵と消えて下さい。不愉快デス」

「ハハハハハっ! やってみなよ! 星を滅ぼされた癖にさぁ!」

 醜い笑みと共に、ほぼ同時でお互いの攻撃をぶつける。


凄まじい爆発と爆音、閃光と噴煙が辺りを支配した。


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