関係を解消したい・2〜ルイン視点〜
ルインさん視点続き。
メルラが婚約者を作らない理由。結婚しない理由も分かります。
私の疑問に答えをくれたのは、私の養父・スリレイ子爵だった。
「最近、顔色が悪いな。ルー、もしかしてまだ嫌がらせが続いているのか?」
この日も、レオに会っていた。いけない。レオに心配させてしまった。
「ううん。大丈夫」
今は中々会えないレオとのひと時を大事にしよう。そうして私達は穏やかに会話を交わして、名残惜しむようにキスをして別れる。レオが帰ってから、私もスリレイ子爵家に帰って来た。あと少し、というところで、野菜を届けに来たらしい商人と出会い、驚いた。
「ルイン!」
「あ。ミック?」
幼馴染みで1歳下のミックだった。そういえば、商家の息子だったっけ。
「ルイン、侯爵家の侍女じゃなかったか?」
ミックが私の姿を見て、首を傾げる。それはそうだろう。まるで貴族の令嬢のような姿だから。
「もしかして、ここの子爵の愛人、とか無理やり……!」
「ち、違うから!」
「違う⁉︎ そんな格好で⁉︎」
そんな私とミックの声が聞こえて来たのか、スリレイ子爵家の執事さんが外では……と、ミックを中に入れた。そこで、ミックに全てを話した。
「はぁ⁉︎ そんな身分違いの恋、上手くいくわけねぇじゃん!」
「だから、スリレイ子爵の養女になったのよ! 母さんも知っているし、今はレレン伯爵家で母さんは働いてる!」
「そのレレンの令嬢って、あれだろ⁉︎ 死神令嬢とか、貧乏令嬢とかってやつだろ⁉︎」
商家にまでそんな噂が流れるほどなのか、と驚く。でもメルラ様を悪く言わせたくなかった。作家のレーメであることは、内緒だと言われているけど、そんな噂は否定するべきだ。
「メルラ様は、そんな令嬢じゃないわ!」
「どうだか。っていうか、ホントに協力してくれるのかよ! 騙されているんじゃないのか⁉︎」
「騙されていたら、子爵の養女なんてなれないでしょ!」
「そりゃそうだけど。なんか陰気臭い令嬢らしいし、社交はするけど、ずっと黒いドレスだとか?」
「それは別にいいじゃないの!」
「だけどさぁ。せっかくの良い縁談を、みすみす逃そうなんてバカじゃん。本当はルインの味方のフリして、お前のことを貶めて、蹴落として、お前の恋人とかって男を寝取ろうとか……!」
「それ以上、あの子を貶める発言をするなら、この子爵家との取り引きはやめてもらおうか」
言い募るごとに声が大きくなっていたミックの話が、スリレイ子爵に聞こえたのか、低く静かな、それでいて怒っていると解る声で、養父が応接室に入って来た。ミックは、さすがに気まずそうだ。
「君の家との取り引きは考えさせてもらおう」
「ま、待って下さい」
「幼馴染みを心配する気持ちは解る。だがね、私の娘も同然のメルラを、レレン伯爵令嬢を良く知りもしないで、そこまで貶める発言をする根性も性格も気に食わない」
ピシャリと告げた子爵に、ミックも黙った。言い過ぎた、と気付いたのだろう。
「あの、娘同然というのは……」
私はこんな空気の中だけど、どうしても気になって尋ねた。
「そこの無礼な小僧が帰ってから話そう」
「い、いいえ。今、話して下さい! メルラ様が誤解されたままなのは、悔しいんです!」
私が叫べば、スリレイ子爵は驚いたカオをして、やがて執事さんを呼んで、お茶の支度をするように告げてから、私をミックの隣へ移動させて私が座っていたソファーに座った。
「あの子はね。メルラは、私の亡くなった三男の婚約者だった」
溜め息を吐き出すように、養父は話してくれた。
「我がスリレイ子爵領の隣がレレン伯爵領でね。メルラと私の三男は同い年で幼馴染みだった。仲が良くてね。5歳で婚約して、精一杯の幼い恋を育んでいたようだった。しかし、あの子達が9歳の時に、三男は当時領地で流行した病にかかって、あっという間に死んでしまった。メルラは毎日見舞いに来てくれていたけれど、死んでしまったのが余程ショックだったのだろう。暫く笑う事も出来なくなっていたよ。貴族は、身内を亡くすと1年間は喪に服す。だが、あの子は未だに喪に服しているんだ。私や妻を義父と義母と呼び、息子2人を義兄と呼んで、ずっとずっと」
ミックは、呆然とした表情をしている。多分それは、私もで。
「もしかして、黒か灰色のドレスやワンピースなのは」
「喪に服しているからだろうね。あの子はきっと、あれ以来、黒か灰色の服しか着ていないのだろうよ。ここを訪れる時も、そうだからね。私や妻や息子達でさえ、もうそれ以外の色を身につけるのに、あの子はずっとだ」
私は泣く以外、出来なかった。
隣にいるミックも、泣いていた。そして、養父に謝っている。
「あの子はね、好きな人を失う事を知っている。だから結婚しない、と決めている。情が移って、また失うのが怖いんだろう。だが、だからこそ、報われない恋が1つでも減るように、出来る事を精一杯やろうとする。ルインの前にもね、やっぱりあったんだよ。身分違いの恋だからって、私に養女を迎えてくれないか、と。そうして彼女は私の養女として、結婚した」
だから、私の時も、この方に頼んだのだろう。自分の幸せなんて必要無い代わりに、他人の幸せは守ろうとする。好きな人を失う悲しさを生むのが嫌だから。
そのために自分が貶められても、構わないなんて、普通は出来ない。でも多分、メルラ様は出来るんだろう。それはもしかしたら、婚約者だったこの方の三男さんを助けてあげられなかったから。その代わりに誰かを助けたいんだと思う。
私は、バカだ。
メルラ様は恋愛に興味が無いか、人を好きになれないんだろうと思ってた。恋愛に関しては心が冷めているのかも、なんて勝手に思ってた。好きになれないんじゃない。好きになるのが怖いんだ。だから男性を遠ざける。あんなに優しいと知っているのに、心のどこかで、私の代わりに婚約者の座についている事を妬ましく思っていて、だから令嬢達の嫉妬くらい、受けるべきだ、と思ってた。
でも。本当は、私がその嫉妬を受けるべきで。でも、私が受けるのは無理だと思う。学園でさえ、怖いのに、いざ卒業したら、もっと嫉妬を浴びる。いくらレオが守ると言っても限度があるはず。女同士の足の引っ張り合いを、私が受けるのか。そんなの……。
そんなの、無理。怖い。
……レオを好きになって、初めて、私は現実に目を向けた。貴族の、怖さを。煌びやかな雰囲気に惑わされたら終わる。呑まれないように常に気を張り続けるなんて、私にはーー出来ない。
その怖さに気付いてしまえば、私はレオとの恋人関係を解消したくなっていた。
メルラは、今でも、初恋を引きずっていて、それ故に結婚は考えていません。