オマケ・メルラとレンと騒がしき新婚生活・6
レレン伯爵領に入り仕事を熟す。いつ来ても大きなトラブルの無い領地だ。こういう領地は他に2つ程。小さな国なのだから、こういう領地がもっと有っても良いのに……と、つい溜め息をつきたくなる。無論王族としてそんな姿は見せられないから、溜め息はつかないが。トラブルが無いとはいえ手を抜くわけにはいかない。些細なことが大きなトラブルにならないとも限らない。だから気を引き締めて仕事をこなした。
伯爵領を一通り見て回って問題無さそうだ、と判断して領主の屋敷を振り返る。それからメルラからもらった刺繍されたハンカチを取り出してそっと刺繍を指でなぞる。これからメルラに逢いに行く。……嫌がられたら、と思うと怖いが結婚したのだ。そんな事も言っていられない。俺は、ブレングルスは、メルラの夫なのだ。
なぞる指先が情けなくも震える。
メルラと交換した指輪に触れる。
大きく深呼吸をして領主の屋敷へと足を向けようとした所で、俺は息を止めた。
視線の先にメルラが佇んでいた。
いつからそこにーー
そう思う間もなくメルラの目から静かに涙が零れ落ちる。
涙?
慌ててメルラに近寄って、情けなくも震える指先でその涙を拭う。肩を震わせたメルラは、しかし、俺の指を振り払う事なく受け入れて未だ零れる涙をそのままに、俺を見つめてくる。
その汚れない目に射抜かれてしまう。
どうしようもなく駆け巡る熱い思い。
辛うじて従者に視線をやって視界に入らなくしたと同時に、メルラを抱きしめた。何か言おうと、話をしようと、色々考えて此処まで来たはずなのに。メルラを見てしまったら何も言葉が出てこない。ただ震える手でその身体を閉じ込める以外出来ない。
メルラより14歳も上だというのに、情けなくて笑いたくなる。だが振り払われない事をいい事に、嫌がられない事をいい事に、黙ってメルラを更に強く抱きしめた。
「レン様ーー」
か細いメルラの声。拒否をされるのか、と恐れながらも応える。
「なんだ」
「沢山たくさん考えましたの」
「なに、を」
それには答えずメルラが少しだけ腕の中で身動ぎする。腕を緩めてやれば、メルラが俺の頬に手を添えてきた。優しい触り方に優しい微笑み。その手に縋るように上から押さえる。ゆっくりと手を外し俺の手から逃れるくらいの緩さで手を握る。メルラの手は動いたが、逃げるのではなく握り返してきた。
握り返す?
呆然とする俺に、メルラはそっと俺の背に手を回し俺の胸に顔を伏せるようにして、か細い声でその胸の裡を語ってくれた。
「レン様。私は……怖いんです」
「何が」
「レン様の腕の中で溶け合う程に、その触れ合ったあの夜」
ーー初夜のことか?
「私はニコルを喪って初めてニコルの事を思い出しませんでした。どれだけの時間を過ごしても思い出さない夜など無かったのに」
ーーニコル君を思い出さなかった?
「レン様のことだけで頭がいっぱいになってレン様の事しか考えられなくて」
ーー俺のことで頭がいっぱいだった?
「それから城での生活もずっとレン様は毎日私に逢いに来て下さって、あの1ヶ月。私はニコルを思い出さない日がくるなんて思っていなかったんです。私は」
ーー俺の1ヶ月は無駄じゃなかった。きちんとメルラの中に俺がいた。
「私は、ニコを思い出さなくなる日々が、怖いんです」
ーーああ、俺はなんてバカなのだろう。メルラの心の片隅に俺を置いて欲しい、と思っていたくせに。こんな可愛いことをいうメルラの心に結構存在をしていたみたいだ。
その事実にこんなにも歓喜してしまうなんて。
この喜びを知ってしまえば、メルラに愛されなくても良いなんて、もう言えやしない。
そしてニコル君を忘れてしまいそうな自分を恐れているメルラが、それを俺に打ち明けてくれた……という事実が、尚嬉しくて仕方なかった。




