愛するひとを想う〜ブレングルス視点〜
長くお待たせしてしまいすみませんでした。
ようやくメルラの幸せとは何か、メルラが幸せになる道が見えたと思います。
そのための足がかりになる予定の王弟殿下視点の話です。一話にしたので長めの話になりました。
メルラ・レレン伯爵令嬢を王妃殿下から紹介された時。
ーーああ、既に愛する者を見つけたのだな。
と理解した。そんな目をする者を何度見て来ただろうか。時に政略で結ばれた結婚相手にその目を向ける紳士。時に叶わぬ相手と分かっているのにその目を向けてしまう淑女。平民達の中にもいたし、義理の姉である王妃殿下もその1人だ。ーーそして、幸か不幸か俺の亡き婚約者と駆け落ちした婚約者もそうだった。
俺の最初の婚約者は病がちで俺と結婚しても妻として俺を支える力があるかどうか……と言われてしまうような女性だった。流行病で逝ってしまったが、彼女の目に映っていたのは俺では無かった。俺も彼女を婚約者として大切にしていたつもりだが恋愛というよりは親愛でしかなく。彼女の目に映っていたのが、彼女の母親違いの弟だということに気付いていた。
異母弟にとっては彼女は良き姉だっただろう。姉を慕う弟の目を向けていた。彼女が異母弟に向ける目とは全く違ったし、彼女もそれは理解しているのか一度も口にしないまま儚くなった。最も口にしてどうにかなるものでも無いし、彼女も俺に恋していなくても家族愛のように受け入れてくれていた。だから結婚しても穏やかな家庭が紡げたはずだ。
そういった意味で、俺は彼女を喪った事は辛かった。
けれど彼女は最期の時を最愛の男に看取ってもらえたのだからもしかしたら俺と結婚するより幸せな最期だったかもしれない。微笑みすら浮かべた彼女はまるで絵画を見るような美しさだった。
その後2人目の婚約者が出来た時には既にその婚約者に愛する者が居る事は気付いていた。ただ彼女は国のために俺と結婚するつもりでいたから、俺が駆け落ちするよう勧めて逃した。今も時折彼女から手紙が届く。幸せに過ごしている事を教えるように逃す際に条件として提示した。
そうして俺は思ったのだ。
いつか俺もあんな目を向けられる相手を乞いたい、と。未だ焦がれているが出会った事は無い。ここまで来るともう現れない気もする。それならそれで国のために働く日々を過ごすだけで構わないと思う。
「王弟殿下。ご無沙汰しております」
レレン伯爵領にある伯爵邸を訪れてメルラ嬢を待っている間に、メルラ嬢と出会った頃などを思い出していたのだが、メルラ嬢のその声に我に返った。そこには久しぶりに見るうら若き令嬢が微笑みを浮かべて立っていた。記憶の頃よりも淑女然としていて年月の速さに苦笑が浮かんだ。
「久しぶりだな」
挨拶もそこそこに俺は本題に入った。メルラ嬢には既に手紙で訪問理由を書いていた。だからメルラ嬢も直ぐに悩みを打ち明けてくる。まさか3人も彼女に愛を乞うているとは思わなかったが。
「王弟殿下。私は相当鈍かったようです」
「まぁそこは取り敢えず置いておくといいだろう。今更だ。それよりもメルラ嬢はどう思っているんだ? そこが問題だろう」
メルラ嬢が自分の鈍さに項垂れているが正直そこはもう過去の事。これから彼女がどうしたいのか、それこそが本題だ。俺が尋ねれば彼女はそっと俯いた。会うのは久しぶりでも手紙のやり取りは続けていたから彼女の思考は何となく分かる。俺は一つ溜め息をついて彼女の心裡を読むように言った。
「メルラ嬢。3人に対して誠実な答えを出すのは当然だが3人を傷付けずに断るのは無理だな。どんな言い方であるにしろ、メルラ嬢がその心を受け入れないならば傷つくのは当然なのだから迂遠な言い回しよりはっきり告げる方が傷も浅い」
「……そのようなものでしょうか」
メルラ嬢がハッと俺を見た。
「私はそう思うよ。君には手紙で教えたことがあったね。私の最初の婚約者と2番目の婚約者の話を」
メルラ嬢がゆっくりと頷いた。そして俺が何を言いたいのか理解したのだろう。大きく息を吐き出すと美しく微笑んだ。
「愛する者が居る。それは素敵な事だが愛だけが全てでも無い。それもまた然り。けれど己の心を偽り続ける必要もまた無いだろう」
俺がそう言えばメルラ嬢は俺の言葉を繰り返しているようで呟きが聞こえてくる。
「私はずっと家族に申し訳なく思っていました。また好きでいてくれた方にも急いで返答しなくては……とそればかりが胸を過っておりまして」
まぁそうだろうな、と思う。メルラ嬢の事を多少なりとも理解していればその心境もなんとなく分かる。友人として接して来た男に(メルラ嬢本人は)いきなり愛を告げられる。それは晴天の霹靂だっただろう。だが真面目な彼女のこと。真剣に考え過ぎて逆に雁字搦めになってしまい、何をどう考えていたのか分からなくなっていただろう。
「別に3人全員を振ったって誰も咎めないだろう。メルラ嬢の家族は単に閉じ篭もっている気がする君を心配しているに過ぎない。……が、私からすればどこが閉じ篭もっているように見えるのか不思議だな」
「不思議、でございますか?」
「メルラ嬢は既に作家として独り立ちしている。一生君が自身を養えるかどうかはともかくとして現状メルラ嬢は慎ましやかな生活を送っているから作家の貯えで1人で生きていける。違うか?」
「そう……ですね。令嬢として果たすべき義務やら何やらを見ないで質素な生活をして自分自身だけで生きる分には10年くらいなら大丈夫だと……」
さすがにそこまで稼いでいるとは思ってもいなかったが、まぁ確かに【レーメ・ルーレラ】の作品は売れ行きが好調だったから納得する。
「つまり君はその気になれば外の世界へ羽ばたける。君が望んでいないだけ。つまり閉じ篭もっているのではなく、その機会を望んでいない。いつでも外の世界へ行けるから今は行かないと選択している。そういうことだ」
メルラ嬢は目を瞬かせてから嬉しそうににっこりと笑った。それは初めて会った時、「ニコル君と本当に思い合っていたんだね」と言った時の笑顔と同じだった。
「王弟殿下。ありがとうございます。……やっと皆さまにどう返事をすれば良いのか見えました。家族の気持ちやら友人の気持ちやらニコのご家族の気持ちやらで私は私の気持ちが見えませんでした」
「役に立ったなら何よりだ」
晴々としたメルラ嬢に俺も笑う。もう大丈夫だ。王妃殿下が気になさる事も何もない。俺はレレン伯爵邸から暇を告げる事にした。
「王弟殿下。ありがとうございました」
「一読者としては気に入りの作家の新作を早く読みたいから、その気晴らしに付き合っただけだ」
俺の戯けた口調にメルラ嬢も柔らかく笑って「早く新作をお届け出来るように頑張りますね」と頷いた。誰かの気持ちを受け入れる事も誰の気持ちを受け入れない事も、聡明な彼女ならばもう迷う事なく結論が出せるだろう。
愛するひとを想うというのは、簡単なようで難しい。
だが一途に亡き婚約者を想って来た彼女だからその難しさに真摯に向き合えるはず。俺の役目もここで終わりだ。……そう考えて、一つだけ彼女の一途さに免じて俺が出来る事を思い出した。だが、まぁそれは彼女の答えを見てから提示しても良いだろう。
敢えて何も言わず「また手紙を書きます」というメルラ嬢に「楽しみにしておこう」とだけ応えた。
お読み頂きましてありがとうございます。
後は執筆時間さえ取れれば完結に向けて書いていきます。
とはいえ毎日更新とも言えません。書き上げたらその都度更新していくつもりです。
次話から3話連続でそれぞれの求婚者にメルラがその答えを告げるお話です。
最後までお付き合いの程よろしくお願いします。




