第一章 勇者召喚される5
――暗くて狭い空間。
ここで最初に見た光景は、目の前に並ぶ鉄格子の檻だった。
両腕は鎖で壁に繋がれ、身動き一つ取れない状態だ。
どうやら俺は、牢屋に入れられてしまったようだ。勇者なのに囚人って……笑えねぇ冗談だな。
自分の置かれた状況を確認しながら、勇者誕生式典での出来事を思い返す。
あれは、確かに勇者だった……。
エレナと呼ばれていた女騎士。
あいつの顔は、忘れもしない――紺碧の空を彷彿とさせる長い髪。整った目鼻立ちに、凛々しい面構え。紛れもなく勇者のものだった。
だが、なぜ奴がこの世界に居る……?
この世界には勇者が居ない。だから俺が召喚された筈……本当は、魔王だけどな。
しかも、奴と相対したと言うのに俺は生きている。
それに、エレナからは勇者のような規格外の強さは感じられなかった。
他人の空似……ダメだ。考えても答えが出ない。
この問題を解決するには、ここを出るしか方法はない。
「……脱獄するか」
この程度の拘束、俺が本気を出せばいとも簡単に破壊出来る。
だが、それではダメだ。返って混乱を招くだけで、何の解決にもならない。
やはり、大人しくマリアが助けに来るのを待つしかなさそうだ。
そう思っていた矢先、意外な人物が現れた。
「――おい」
「な、なんでお前がここに!?」
「うるさい。黙ってろ!」
俺の目の前には件の女騎士、エレナが居た。
エレナは不満そうに牢屋の鍵を開け、中に入って来る。
まさか、俺を殺しに――と、真っ先に脳裏を過ぎった。だが、それはないと否定する。
俺を殺すのが目的なら、あの時に止めを刺していた筈。
では、一体何をしに来たのか……目の前の出来事にまったく理解が追い付かない俺。
そんな俺の様子を気にも留めず、エレナは俺の拘束を外していく。
そして、凄く嫌そうに言葉を発した。
「あんたの無実が証明されたわ……不本意だけどね」
それは、突然の知らせだった。
「……はぃ?」
あまりに突然だった為、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「いいから、さっさと出なさい。姫様がお待ちなんだから」
あまりに突然の事だったので、思考が追い付かず拘束が解かれた後もしばらくぼーっとしていた。
それが気に障ったらしく、不機嫌な口調で俺を急かして来るエレナ。
訳が分からないが、とりあえず俺は釈放されたらしい。
◇
釈放された俺は、謁見の間に通された。
そこには以前のような人だかりはなく、国王とマリアの姿が見えるだけだ。
二人の待つ玉座に向かって歩き出すエレナ。その後を無言で追う。
ちなみにここに来る道中、エレナは一言も発さなかった。
勿論、俺の言葉にも一切耳を貸すことはなかった。おかげで、未だに何もわからないままだ。
こんな状況を脱する為にも、玉座で待つマリア達に説明を求める必要がある。その事だけを考えながら玉座を目指した。
そして、玉座の前に辿り着いた俺とエレナにそれぞれ言葉をかけるマリア。
「エレナ。ワイズ様の案内、ご苦労様です」
マリアの言葉に一礼し、後ろに下がるエレナ。
「ワイズ様もこのようなことになってしまった事、心よりお詫び申し上げます」
「お詫びは良い。それよりも、どういう経緯でこうなったのか。きっちり、説明してくれ」
俺の言葉を聞いたマリアは、驚いた表情を見せる。
「……えっ!? エレナから聞いていないのですか?」
聞いたさ……何度も何度も。まったく取り合ってはくれなかったがな。
「エレナ、これはどういうことですか?」
マリアの微笑みを受けたエレナは、バツの悪い表情浮かべる。
「いえ、その……相手は魔族なので……」
「そのようなことを聞いているのではありません! あなたという人は……」
と、マリアが説教モードに入ろうとしていた。おいおい、勘弁してくれよ……。
俺は話しが聞きたいだけで、説教に巻き込まれるのは御免だぞ。
そんな俺の気持ちを察っしたのか、国王が説教に割って入る。
「まあまあ、マリア。その辺りで許してやりなさい。エレナも不服かも知れないが、頼まれたことはきちんとこなすべきだ。それが君の選んだ騎士という道ではないのかね」
「……王の仰る通りです。申し訳ありませんでした」
国王の言葉に恐縮するエレナ。
「お父様は甘すぎます……」
一方、マリアはまだ不服そうにしている。
「そう言うな、マリア。勇者様もお待ちなのだから」
と、国王が俺の方に視線を送る。
「そ、そうでした! 申し訳ありません、ワイズ様!!」
ようやく俺の存在を思い出したマリアは、慌てた様子で謝罪してくる。
何はともあれ、これで本題に移れる。
国王グッジョブ!! と、心の中で親指を立てた。
「じゃあ、さっさと説明してくれ。俺が気絶した後、何があったのかを……」
俺の言葉を聞いたマリアは「わかりました」と返事をし、俺が倒れた後の事を話し始めた。
「まず、ワイズ様が気絶してからエレナ指揮の下、ワイズ様は牢屋に入れられました。必死に止めたのですが、私やお父様はワイズ様に洗脳されていると疑われ、聞く耳を持ってはくれませんでした」
やはり、エレナの独断だったのか。
だが、そんな状況でどうやって俺を釈放することができたのか。
その答えをマリアが説明してくれる。
「そこで、王国お抱えの魔法使いに確認して頂き、洗脳されていない事を証明しました。それから直ぐエレナに事情を説明し、ワイズ様が魔王でありながら勇者として召喚された事を伝え、ワイズ様をこちらにお連れするよう指示しました。こうして、今に至ります。何かわからない事はありましたか?」
と、質問の機会をくれたので、少し考えてみることにした。
マリアの説明は簡潔で、凡その状況は把握できた。
だが、俺が最も知りたいことがまだ聞けていない。
女騎士――エレナのことだ。
彼女については、名前以外まったく情報がない。
勇者と同じ顔をしているのも気味が悪い。
ここは、本人に聞いて見るのが一番手っ取り早いだろう。多分マリア経由じゃないと、話さないだろうけど……。
「じゃあ、そこの女騎士について聞いてもいいか。気になる点がたくさんある。例えば、どうやって俺が魔族であることを見破ったのか……とかな」
俺に名指しされた事が不快なのか、苦い表情を浮かべるエレナ。だが、そんな事は関係無い。
勇者の件も気になるが、こちらも重要な事だ。
人間に変化し、瞳の色も眼鏡で変えていた。見破られるような点はない筈だ。
「申し訳ありません、ワイズ様。直ぐに紹介致しますので。エレナ、ワイズ様に自己紹介を」
「…………」
――無言。
それは見事と言わんばかりの無視だった。
「エレナ、聞いているのですか? 自己紹介を――」
と、マリアが言い切る前にエレナが口を挿む。
「……魔族に名乗る名などありません!」
「エレナ……あなたという人は、また私を怒らせたいのですか?」
エレナの態度に対し、マリアが本気で怒っているようだ。出たよ、微笑みの爆弾……。
笑ってるのに、怒ってる。いつ見ても震えが止まらない。
「……そ、そんなに姫様がおっしゃるなら」
急に弱腰になるエレナ。
だが、その態度が気に入らないらしいマリアは、
「いいから、やりなさい!」
すかさず爆弾を投げ込む。
その威力は絶大で、
「わ、わかりました! 誠心誠意、自己紹介致しますッ!!」
マリアの気迫に圧されたエレナは自己紹介を始める。
こいつも知っているんだな……マリアの恐ろしさを。
「本当はあんたみたいな奴に名乗るのは死んでも御免だけど、姫様の頼みだからしょうがなく名乗ってあげるわ」
「おい、姫様が睨んでるぞ」
「嘘ッ――!」
鬼の形相でエレナを睨みつけているマリア。
それを見たエレナは、直ぐ様こちらに向き直り、自己紹介を再開する。
「私の名前はエレナ・フォン・マディアス。王国の騎士団で副団長をやっているわ。別に覚えて欲しくはないから、直ぐに記憶から抹消しなさい」
なんとも個性的な自己紹介を聞かされた。
覚えて欲しいから自己紹介するのに、直ぐに忘れろとはこれ如何に?
だが、俺が知りたいのはそんなことではない。
「お前の名前は分かった。それで、どうして俺が魔族だと見抜けた?」
「そんなこと簡単よ。私は見えるの……魔族の魔力が。生まれつきそういう能力があって、小さな魔力は感知できないけど、あんたみたいな大きな魔力は丸見えなのよ。別に見たくはないけどね」
そう言ってこちらを睨みつけるエレナ。こっちだって、お前なんか見たくねぇーよ。
アホそうなのに、そんなチート能力を有しているとは。
これでは、初めから変化など無駄だったではないか……。
だが待てよ、エレナの能力は王国の姫であるマリアなら知っていた筈。
式典を成功させる為なら、彼女の存在は一番のタブーではないか。
マリアがそれに気づかないとは到底思えない。
これは何か裏があるのか? と、考えていると、
「申し訳ありません。私達も想定外だったのです」
何を思ったのか、急にマリアが謝罪の言葉を口にした。
そして、その謝罪の訳を語り始める。
「エレナの能力は勿論把握していました。ですが、彼女は遠征でこの国を離れていましたので、会場にエレナが現れた時は、私もびっくりしました」
なるほどな。マリア達にとっても、エレナの存在はイレギュラーだった訳か。本当に人騒がせな奴だ……。
その人騒がせだが、マリアの話しを聞いて調子に乗っていた。
「……それくらい当然です。私は王国の剣ですから」
と、胸を張って何かを語り始めた。
「遠征を終えた私は、王国への帰路についていました。そしたら、突然王国のある方角に強い魔力反応を感知したんです。私は皆が危険な目に合っていると思い、直ぐさま馬を走らせ王国に帰還。そして、見事、魔族を討伐したのです!」
「――いや、勝手に討伐するな」
途中までは良かったのだが、最後の脚色が酷すぎる。
だが、これで分かった。こいつはあの勇者じゃない。只のアホだ。
見た目こそ一緒だが、中身が全然違う。
あの勇者からは、こんなアホ丸出しの感じは一ミリたりとも感じなかった。
本当に居るんだな、ドッペルゲンガーって……異世界だけど。
そんな感傷に浸っていると、マリアがパチンっと両手を合わせて声を掛けて来た。
「とにかく、説明は以上としましょう」
「おう、そうだな……」
気になっていた事は大方解決した。
あとは、ここに呼び出された理由くらいか。
本来、ここまでの事情はエレナから聞いているものと判断して俺をここに呼んでいる筈。なら、本題はここからということだろう。
俺は固唾を呑んで、マリアの次の一声に耳を傾ける。
「では――サプライズタイムと参りましょう!」
「……はぁ!?」
いきなり突拍子もない発言をするマリアに、思わず間抜けな声を上げてしまった。
いったい、何を言っているんだ……この姫様は?
「あの時、言ったじゃないですか。サプライズがありますよって」
確かに言っていた……。
地下の祭壇部屋から出る間際、嬉しそうに語っているマリアの姿を思い出す。
このタイミングで来ますか……これが本当のサプラーイズ。
……つまんねぇーこと言ってんじゃねぇーよ、馬鹿野郎!!




