第一章 勇者召喚される4-2
不意打ちを躱された事で警戒したのか、剣を身構えながらこちらと距離を取るエレナ。
だが、そんな彼女の姿を見る者は誰も居なかった。
それもその筈――式典会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたからだ。
「魔族ですって!」「殺される……」「逃げろぉッ!!」
俺が魔族であると耳にした人々は、我先にと会場から逃げ出して行く。まあ、当然こうなるか……。
分かっていても、辛いものだな。自分を信じてくれた人達が離れていくというのは……。
こんな時だが兵士達の言葉を思い出していた。姫様を悲しませるな、と。
あれは、信頼を裏切れば自分も辛い。だが、裏切られた方も辛いのだ。という意味が込められた言葉だったのだろう。この世界には、色々教えられてばかりだ……。
人々が逃げ出す姿を遠目から確認しながら、その言葉を実感していた。
「余所見とは良い度胸ね……」
「……あ、すまん。お前の事、忘れてたわ」
会場の様子を確認していた俺は、すっかりエレナの存在を忘れていた。
「忘れてたって、どういうことよ!」
「本当にすまん。この通りだ!」
エレナが本気で怒っているようなので、誠心誠意謝罪の言葉を述べた。
「……もしかして、私の事馬鹿にしてる? もういい、殺してやるぅッ!」
俺の誠意は伝わらず、エレナは激昂。
構えた剣を振りかざし、こちらに向かって走り出す。
「エレナ、違うのです! このお方は――いえ、ワイズ様は勇者様なのです!!」
エレナの誤解を解こうと叫ぶマリア。
だが、その発言は逆効果となる。
「何が勇者よ!! どうせ、あんたが姫様を洗脳して言わせてるだけでしょ!」
誤解が誤解を呼び、エレナはさらに激昂。
走る足を止めることなく、問答無用でこちらに斬りかかって来た。
「フンッ!」「やぁ!」「セイッ!!」
と、雄叫びを上げながら剣を振り回すエレナ。
だが、その剣を余裕で躱す俺。どれも単調でまったく当たる気がしない。
面倒だったが、もしもの為にと戦闘訓練だけはサボらせてくれなかった、あいつのおかげだな。
「……な、なんで……はぁ、はぁ……当たら、ない……のよ……」
何度やっても攻撃が躱されるので、いい加減体力の限界が来たらしい。
「まあ、師匠がスパルタだったからな」
肩で息をするエレナに対して、俺は余裕の表情を浮かべていた。
俺と彼女の力量には雲泥の差が見て取れる。
だが、力では彼女の誤解を解くことは出来ない。
俺は意を決して、エレナと言葉を交わす事に決めた。
「ちょっといいか。お前に話したい事があるんだ」
「黙れ、魔族! あんたと話す事なんてないわ!!」
俺の話しには聞く耳を持たない。と、言った調子で斬り掛かって来るエレナ。
それを軽く躱すと、また剣を振り回して来る。
これでは誤解を解くどころか、会話にすらならない。まあ、確かに敵である俺と会話して欲しいなど、よくよく考えなくても無理な話だが。
だからと言って、俺に選べる手段は他に無い。マリアの声も、今の彼女には届かない。
とにかく、話し掛け続ける。これが今打てる最善の手だ。
「いい加減あきらめて、俺の話しを聞いてくれ!」
「うるさい! 魔族如きが、私に話しかけてんじゃないわよ!」
「いや、でも体力の無駄だろ。さっきから、全然攻撃当たってないし」
「あんたが避けるから当たらないんでしょ。大人しく殺されなさいよ!」
「無茶苦茶だな……」
自棄を起こしているのか、あり得ない事を要求して来るエレナ。
こんな事にいつまでも付き合ってはいられない。
八方塞がりのこの状況をどう打開するか思案している時である。
エレナは攻撃を止め、こちらと距離を取り始める。
「やっと、無駄だと気づいてくれた」
彼女は応えない。その代わり、剣を構えて見せた。
「無駄かどうか……その体に教えてあげるわ」
今までにない自信を見せるエレナ。
だが、その構えはある嫌な記憶を呼び起こした。
――光の衝撃波。勇者が放った技の構えだ。
それを見た俺の体は、反射的に動いていた。そして、
――カンッ! と、乾いた音が鳴り響く。
その音で自分が何を仕出かしたのかに気付く。
俺は右手をエレナに向け、魔力を小さく圧縮した魔力弾を放っていた。
魔力弾はエレナの頭部に命中。兜が二つに割れ、隠れていた彼女の素顔が露になっていた。
「ば、馬鹿なッ!! あ、ありえない……どうして、奴がここに」
「――はっ、隙ありィ!!」
彼女の素顔を見た俺は、あまりの衝撃に無防備状態となっていた。
その隙を逃さなかったエレナ――いや、勇者は俺の腹部に剣を打ち付けた。
峰内とは言え重い一撃に耐えきれなかった俺は、その場で気を失った。




