第一章 勇者召喚される4-1
「やべぇー、なんか緊張してきた……」
――俺の目の前には巨大な扉がそびえ立っていた。
この扉の先が勇者誕生式典の会場、謁見の間という場所らしい。
王族や国の重鎮たちがこぞって参列していると聞いている。
べ、別にそんなことで緊張する俺ではない。だが、一つのミスで死ぬかもしれないと言われて、平気でいられるほど肝が据わっている訳でもない。
「……早く終わらねぇーかな」
扉が開くまで中に入ることができないので、暇を持て余していた。
そんな俺の様子を見ていた兵士達は、どいう訳か話し掛けて来た。
「……勇者様。我々はまだ、あなたを完全に信用した訳ではありません。何かあれば、問答無用であなたを攻撃します」
「はいはい、わかってるよ。せいぜい、気を付けますよ……」
兵士の言葉に適当な返事をする。わざわざ、そんなこと言わなくても良いだろう。
この兵士達は、さっきまでマリアの護衛をしていた兵士達だ。
マリアは先に式典会場に入っているのでここには居ない。よって、この兵士達は俺のお目付け役と言う訳だ。
「まったく、あなたという人は……」
俺の言葉に呆れている様子の兵士達。
そんな兵士達が、急に改まり出して、
「ですが、これだけは言わせてください……ありがとうございます、と」
急に頭を下げ、お礼の言葉を述べ出す兵士達。
「……はぁ? 何だよ急に」
突然の出来事だったので、俺は驚きを隠せずに居た。
「あなたとお話しされている時の姫様は、心の底から楽しんでおられました。久しぶりですよ……あんな笑顔の姫様が見られたのは」
マリアの意外な一面を兵士達から聞かされた。
まあ、魔族の侵略行為が活発化し始めたのが一年前と聞く。
姫としての心労は、半端なモノではなかっただろう……。
だからと言って、今までの行為が許されるものではないがな。
「――ですから、姫様を悲しませる事のないようお願い致します」
兵士達の無駄に長い話しが終わった。
「やれやれ。主思いの臣下を持って、姫様は幸せ者だねぇ~」
「おい! 我々は、真剣にお願いしているのだぞ!」
「わかってるよ……」
茶化すようなことを言ったせいか、兵士達はお冠のようだ。
主思いか……俺にもこいつらのように慕ってくれる臣下は居たのだろうか。
……そんな訳ないか。だって俺は、あいつらを見ようともしなかったのだから。
答えの見つからない問題に頭を悩ませていた時、扉の奥からファンファーレを奏でる壮大な音が鳴り響いた。
「……いよいよか」
ファンファーレの大きな音が、俺の気持ちを切り替えさせた。
この音は勇者誕生式典の始まる合図。
ゴゴゴと、大きな音を立てて巨大な扉が開いていく。その様子をじっと眺める。
そして、扉が完全に開ききると、そこには煌びやかな空間が広がっていた。
部屋の中央にはレッドカーペットが敷かれており、玉座に続く道が出来ている。
その道の両端には老若男女、様々な人々が列をなしてこちらの様子を窺っていた。
「それでは、勇者様……ご武運を」
「我々は、姫様が信じるあなたを信じます」
先ほどまで言葉を交わしていた兵士達はそう言い残すと、開かれた扉の両端で待機する。
なんだかんだで俺みたいな魔族を信頼してくれるとは、余程姫様への信頼が厚いらしい。
『勇者様、お入りください!』
噂をすれば、だな。俺を呼ぶマリアの声が場内に響いた。
その声を合図に、場内へと足を踏み入れる。ああ……人がいっぱいで酔いそうだ。
こんな所で持ち前のコミュ障を発動させている場合ではない。と、気を取り直して、奥で待つマリアの元へと歩を進める。
それでも苦手なモノは苦手なので、視線を下に向けて歩いた。
そんな情けないことを考えているとも知らず、周りの人間達は拍手喝采で俺を迎え入れてくれる。約一名を除いて……。
――会場の奥で佇む、国王と思われる人物とマリアの元へと続く階段。
その手前で俺は立ち止まり、二人の方へ顔を向ける。すると、うっすら笑みを浮かべるマリアの姿があった。
あれは微笑んでいるのではない。俺の情けない行動を見抜き、嘲笑している笑みだ。
武者震いが止まらないが、どうにか平静を保ちマリアに向き直る。
「ようこそ、お出でくださいました勇者様。我々は、あなた様のご来訪を心よりお待ちしておりました」
マリアの第一声に周りの人達は拍手を止め、その声に注目する。
来訪とはよく言ったものだ。そちらが強引に召喚したのだろう。
そう言いたくなる気持ちを抑え、マリアの話しに耳を傾ける。
「勇者様もご存じの通り、この世界は魔王の手により脅かされております。どうか、この世界を――人類をお救いください!」
二度も同じことを聞かされるのは退屈この上ない。
だが、きちんと話しを聞いているフリでもしていないと後が怖い。
勘の鋭いマリアにお小言を言われるのは御免だ。
そんなことを考えていると、マリアの隣に立っている国王と思われる人物が口を開いた。
「私からもお願い申し上げます、勇者様!!」
「紹介致します、勇者様。こちらはグランソード王国国王、アラン・ユハエル様です」
マリアから紹介された国王だが、服装こそ立派。
だが、それ以外は何もない。そんな印象を与える初老の男だった。
あの国王からマリアが生まれて来るとはとても思えない。さぞ、女王は美しいのだろう。
そんな期待を胸に膨らませていると、
「私達は無力です。魔族共の侵略に民も守れず、この国の要である女王までも失いました。最早、我々には――勇者様しか頼れるお方はおりません! どうか……この世界を……お救いくださいッ…………!」
涙ながらに訴えかけてくる国王……。
その隣では、ハンカチで目元を覆っているマリアの姿があった。
参列している人々も、同じように涙を流している。
これが一国を預かる国王の姿……俺とは大違いだな。
先ほどは何もないなどと形容したが、それは大きな間違いだった。
これだけ多くの人々に慕われているのだから、彼は立派な国王なのだろう。
それに比べて俺は――物事を自分の枠組みの中でしか見ていない大馬鹿野郎だ。
前の世界では、城に引き籠り誰とも関わり合いを持とうとしなかった。俺が居なくても世界は動く。なら、誰かに任せて俺はのうのうと生きてやると。
だが、そんな浅はかな考えは勇者と対峙した時、呆気なく消え失せた。
なぜ、勇者は魔族を殺すのか……それすらも分からなかったのだ。
訳も分からずに殺されるなんて――嫌だ!
俺は無性に怖くなった。死ぬ間際に、他人との関り合いを絶ってしまったことを後悔した。誰かと言葉を交わしていれば、自分が殺される理由だってわかった筈だ。
だが、幸か不幸か俺はまだ生きている。
この世界に召喚されて、マリアや兵士達と言葉を交わした。そして、様々なことを教わった。
マリアからは優しさを学び、兵士達からは信頼を学んだ。
そして、俺の目の前で涙を流す国王から――王のなんたるかを学んだ。
なぜ勇者が魔族を殺そうとしたのか。その答えはまだ出ない。
だが、世界を救えば答えがわかるかも知れない。
少々面倒だが、世界を救いに行きますか!
そう決心を固めていた時である、
「――お、お止め下さい、マディアス興!!」
「まだ、式典の最中です!!」
――事件は起きた。
会場入り口の方で、兵士が誰かと揉めているみたいだ。
皆の視線が入り口に集まり、俺もそちらに注目していた。
「――退きなさいッ! 姫様……姫様はご無事ですか!!」
女の声だ……。
その勇ましい声を上げる全身甲冑姿の騎士は、自分を抑える兵士達を薙ぎ倒すと、形振り構わずこちらに向かって走り出す。そして、玉座の前に辿り着くと、
「――姫様!!」
騎士は叫んだ。
「エレナ!? どうしてあなたがここに!」
その声が聞こえた事に動揺するマリア。
「ご無事で何よりです。それより、この男――魔族ですッ!!」
エレナと呼ばれる女騎士はマリアの無事を確認すると、突然腰に差していた剣を引き抜き、こちらに斬りかかって来た。
「あぶねッ!」
不意打ちで焦りはしたが、単調な剣捌きを躱すのは容易だった。
後方に飛び退き、軽々と剣を躱す。
「……ちっ!」
剣を避けられた事に対し舌打ちするエレナ。何なんだ、いきなり……。
突然斬り掛かってきた謎の女騎士に驚きを隠せずにいた。




