第一章 勇者召喚される3
「まったく、ワイズ様は……」
「だから、あれは不可抗力で――」
「知りません!」
――ラッキーメロン事件から数刻。
とりあえず勇者衣装に着替えた俺は、まだ怒りが収まっていないらしいマリアと対峙していた。
「だいたい、あれはマリアが俺の服を脱がそうとするから」
「私は良いんです。そういう契約ですから」
いつから主従契約になったのか。すっかり主様気分のマリア。
まあ、あながち間違いではないから強く出づらい。
「もうこの話しはお終いです。あと、これもワイズ様の借りですからね」
「はぁ!? ちょっと待てくれ」
「待ちません……」
本日、二度目の押し付け詐欺にあってしまった。まあ、今回はギブ&テイクということにしておこう。俺にも良いことはあった。負けるな……俺。
「それではワイズ様。今から式典会場へ向かいます」
「おう、分かった。さっさと終わらせようぜ」
こんな下らない茶番はさっさと終わらせるに限る。
そう思い部屋を出ようとした俺を引き止めるマリア。
「待ってください」
「なんだよ。まだ何かあるのか?」
「あります。とても大事なことです」
そう言って、姿見のある場所まで俺を連れていくマリア。
「鏡なんか見てどうするんだ。服ならちゃんと着てるだろ……」
鏡に映る全身真っ白な自分の姿を見ていると、急に悪寒が走った。やっぱりこの服のセンスはないな。と、改めて思いしらされた。
「衣装は問題ありません……良くお似合いです」
――嘘付け!
「お世辞は良い。早く用件を言ってくれ」
「お世辞ではないのですがぁ……」
小さな声で何かを呟いたマリア。なんて言ったんだ?
と、聞き返す前にマリアが喋り出したので、その機会を逃してしまう。
「実はワイズ様の見た目に問題がありまして……」
「見た目……ああ、そういう事か」
鏡に映る自分の姿を見ていて気が付いた。俺が魔族であることを……。
服装ばかりに気を取られていて忘れていたが、俺の見た目は魔族そのもの。
人前に出るというのに、頭に生えた角やこの魔族特有の赤い瞳を隠さないのはまずい。
その事に気がついた俺の様子を見計らい、マリアが声を掛けて来る。
「お気付きの通り、その角や瞳の色に問題があります。ですから、ワイズ様には変装して頂く事にしました。直ぐに変装道具をお持ち致しますので、少々お待ちください」
そう言ってマリアは机に置いてある、変装道具が入っているであろう鞄を取りに行く。
だが、俺はその行動を止めた。
「……待て。その必要はない」
「どういうことですか?」
足を止めたマリアは、こちらに向き直る。
「なに、簡単なことだ」
俺は右手を天に掲げた。そして、
――パチンッ! と指を鳴らす。すると、
「ワイズ……様?」
「どうだ、これが魔王の実力だ!」
俺の姿を見て驚いている様子のマリア。
それもそのはず。俺は魔法で人間に変化したのだ。
鏡に映る俺の頭には角はなく、髪の色も白髪から黒髪に変わっている。
「す、凄いです! 詠唱もなく、ましてや使用する魔法の名前すら唱えていない。それで魔法が発動するなんて、さすがは腐っても元・魔王ですね」
「そうだろ、そうだろ――って、最後の奴は余計だろ!」
まったく、誰が腐ってるだ。それに、元じゃなくて現在進行形で魔王だから。
とことん、俺を魔王から引き離したいらしい。
どうにも締まらない結果に納得がいかない俺を他所に、マリアは疑問を投げ掛けて来る。
「あれ……でも、瞳は赤いままですよ?」
「――ギクッ!」
「ギク、じゃありません! まったく、元・魔王は……」
と、ぶつくさ文句を言いながら鞄を取りに行くマリア。
いや、俺だって完璧に変化したい。でも、昔からこうなのだ。
何度やっても、瞳の色だけは変えられなかった。
いったい、何が原因なのか皆目見当もつかん。
「こちらをどうぞ。見栄っ張りの元・魔王様」
「……くっ。見栄っ張りも、元も余計だ!」
鞄から取り出した眼鏡ケースらしきモノを、嫌味たっぷりで手渡してくるマリア。
そのケースを渋々受け取る。
「それで、このケースは何だ?」
「開けてみてください」
言われるがままにケースを開けてみる。
「眼鏡だな」
「眼鏡です」
中には当然のように眼鏡が入っていた。こいつでどうしろと?
「いや、眼鏡なのは見れば分かる。俺が聞きたいのは、こいつを渡した意味だ!」
「眼鏡ですから、掛けてみてはいかがですか?」
いちいち回りくどい奴だ。結果だけを教えれば良いものを。
きっと、その過程を見て楽しんでいるに違いない。つくづく食えないお姫様だ……。
文句を言っても始まらないので、おとなしく眼鏡を掛けてみる。すると、
「――黒くなった!」
何度挑戦しても変わらなかった瞳の色が、眼鏡を掛けただけで変わったのだ。
なんとも言えない敗北感に打ちのめされた。
「どうですかこの眼鏡。レンズに特殊な魔力が込められていて、瞳の色を変色させる効果があるんです」
「……まあ、悪くない」
鏡に映る自分の姿に少し違和感を覚えたが、今は感動が勝っていた。
「それは良かったです。眼鏡を掛けられたワイズ様も素敵ですよ」
満面の笑みをこちらに向けるマリア。これであの性格じゃなければ完璧なのに……。
いや、そんなことを考えている場合ではない。これで条件はクリアできた。
あとは式典とやらを適当にこなすだけ。その後は、まあ……なるようになるだろう。
「さあ、準備は整いました。ですが、くれぐれも異世界の魔王だということは内密にしてくださいね。最悪、ワイズ様を失ってしまうことにもなりかねませんので……」
「それ、マジで言ってる?」
「……冗談ですよ」
何、その間……。
本当に冗談なんだよな。信じていいんだよな。
「……うっ、胃が痛くなってきた」




