第三章 勇者潜入する10-1
アリサの魔法が暴走した時はどうなる事かと思ったが、俺の機転を利かした見事な作戦が上手く行き、どうにか難を逃れる事が出来た。
その騒動を引き起こした張本人は、魔力を吸収されて倒れているエレナやゴブリン達を見てあたふたしていた。
「どどどどどどうしましょう!! わわわ私のせいですよねぇぇッ!!」
アリサの魔族化は一瞬で解けてしまい、今は状況を理解していない人間のアリサに戻っていた。本当はもう少し話しが聞きたかったのだが、仕方がない……。
ちなみに、俺が胸を触った事はすっかり忘れている様子のアリサ。どうやら、感情のコントロールを失うと、記憶も曖昧になるらしい。思わぬところで命拾いをした……。
「おい、アリサ……落ち着け!」
俺は慌てふためいているアリサに声を掛けた。
「おおお落ち着けって、言ってる場合ですか!?」
「もう大丈夫なんだよ。お前の魔法は、魔族化したお前が止めた」
「そ、そうなんですか……?」
俺の言葉を聞いたアリサは、キョトンとしている。
「自分の事なんだから、それくらい分かるだろう」
俺に指摘され「確かに」と納得した様子のアリサ。先が思いやられる……。
魔族化が解ける前に、魔族のアリサが言っていた事を思い出す。
「おい、どうして魔法が暴走してるんだッ!? 『サキュバス』という存在を受け入れれば、魔力をコントロール出来る筈じゃなかったのかよ!」
「この様子を見る限り、それだけじゃなかったって事ね……」
そう言って、周辺で倒れるエレナやゴブリン達を見ながら答える魔族のアリサ。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ?」
「そうね、『グランド・フィナーレ』を放った時のあの子は、物凄い集中力を発揮してたわ……でも、『ドレイン・ダイン』を使った時はまったく魔法に集中してなかった。これが暴走の原因だったのかもしれないわね」
そう推測を立てた魔族のアリサは「ごめん、もう時間みたい……」と、言い残して人間のアリサに戻ってしまった。自分の事は自分に聞く……この言葉が一番しっくり来るのは、アリサではなかろうか? と、思ってしまうほど、その推測は的を射ていると思った。
この結論から導き出される答えとは――アリサが元のポンコツ魔法使いに戻ってしまったという事だろう。俺よりも凄い魔法使いと褒めたのは前言撤回だな……。
「アリサ……今後、俺の許可なく魔法を使う事を禁止する!!」
「……ふぇ!? どうしてそんな意地悪を言うんですか?」
――冗談でも言ってるのかな、このお馬鹿さんは。
「この惨状を見て、よくそんな事が言えるな」
俺は倒れるエレナやゴブリン達を指さした。
「うう……ずびまぜぇん」
「……分かったようだな。お前の魔法が暴走する原因は、お前の不注意によるところが大きい。今後、魔法を使う時はきちんと集中しろ。そうすれば暴走する事はない筈だ」
「……わがりまじだぁ」
アリサがきちんと反省している事を確認した俺は、エレナの無事を確認する。
「エレナ、大丈夫か?」
「……大丈夫に、見えるなら……あんたはやっぱり、魔王ねぇ…………」
「……魔王?」
――このアホッ!
「ああ、気にするな。こいつは気に入らない相手に魔王ってあだ名をつけたがる病気なんだ」
「そうなんですねぇ……可愛そうなエレナさん」
適当な事を言って誤魔化す俺。こんな嘘丸出しの言葉を信じるとは、さすが天然……。
それに比べて、エレナの奴は……倒れていても、余計な事を言う元気はあるようだな。呆れて言葉も出ないとは、この事だ。
「……さて、このままじゃあエレナは戦力外の役立たずだ」
「……あんたに……言われる筋合いは…………」
この通り、最後まで反論する力も残っていない様子のエレナ。このままこいつを連れて行くのは危険だ。この先にいるのは確実にヤバい奴……こんな状態のエレナを守りながら戦うのは絶対に無理だ。
ここはエレナをこの場所に残すしか……いや待てよ。エレナをこの場所に残すついでに、アリサも見張りとして残せば、魔族の力を開放して全力で戦う事が出来る。
よし、この作戦で行こう。俺は直ぐ様、二人にこの事を伝えようとしたのだが――
「……な、何だこれはぁッ!!」
キングの間に響く驚愕の声。
「な、何だッ!?」
俺達は一斉にその声に注目する。
「……ば、馬鹿な」
「何よ……このサイズ……本当にゴブリンなの?」
「ひぃぃええぇぇぇ!! 怖いですぅ~……」
俺達の目の前に現れたのは――立派な白髭を生やした、巨大なゴブリンだった。
その巨大なゴブリンだが、頭には王冠を乗せており、背中には煌びやかなマントを付けている。しかも、ゴリゴリのマッチョだ……こいつがエレナの言っていたヤバい奴に違いない。
俺の『千里眼』が捉えた奴の魔力は、ライネス達の比ではない大きさだった。
「お前たち、大丈夫か……んっ、そこに居るのはカールとケネスかッ!」
巨大なゴブリンは、地面に倒れるカールとケネスの下へ駆け寄る。二人に何か声を掛けているようだが、カールとケネスからは返答がない。どうやら、アリサの魔法で魔力を限界まで吸い取られ、気絶してしまったのだろう。
「くそっ、まさかあちらからやって来るとはな……」
完全に想定外の出来事だった。
この場所が戦場になれば、エレナとアリサを守りながらの戦いになる。どうにかして、話し合いで決着を付けなくては……。
そう考えていた時である、巨大なゴブリン口を開いたのは。
「おい、そこの人間達。よくも、我輩の可愛い部下達をやってくれたな……」
その声には怒りと悲しみの感情が込められていた。
カールとケネスから返事はなく、周りのゴブリン達も同じく沈黙。こんな状況で話し合いに持っていくのは無理な相談か……いや、無理と無謀は違う。
……これは無謀だ。俺は覚悟を決め、巨大なゴブリンに向き直る。
「確かに、こいつらは俺達がやった……」
「わ、ワイズさんッ!? 何で正直に話しちゃうんですかッ!!」
「許さんぞ、小僧!」
巨大なゴブリンがこちらに向かって突撃して来る。だが、俺は話しを続ける。
「だが、先に攻撃してきたのはそっちだッ! 俺達は正当防衛を主張する!!」
「何をごちゃごちゃと戯言を……我輩の可愛い部下達が、そんな事をする訳がなかろう!!」
「ふぇぇぇぇ!! 死にまぁすぅ……殺されちゃいますぅ!!!!」
巨体から繰り出される強烈なタックル。その攻撃を『バリア』の魔法で防ぐが、
「……ぐっ!? この程度の……薄い壁で……我輩の攻撃が、防げると、思っているのかぁッ!!」
「クソッ!!」
「キャァァァァ!!」
タックルの衝撃で『バリア』の障壁にヒビが入り、そのヒビに両手を突っ込んだ巨大なゴブリンは、その馬鹿力で『バリア』の障壁をこじ開けた。やはり規格外のパワーだ……。
『バリア』は粉々に破壊され、俺達は無防備な状態をさらけ出していた。
「覚悟しろ、人間共ッ!!」
巨大なゴブリンは右腕を後ろに引くと、もの凄い勢いでこちらに向けてその拳を放って来た。
「もうダメですぅ!! お終いですぅぅぅぅ!!!!」
「……こんなところで、やられる訳には……いかないのに…………」
アリサはパニック状態、エレナは悔しそうに表情を歪めている。
「……くっ、こうなれば魔族化するしかないのか」
そう覚悟を決めた時、
「……んっ!? この声は……ケネスかッ!!」
放たれた拳は俺達の目と鼻の先で止まった。な、何だ……どうなってるんだ?
巨大なゴブリンは動きを止め、独り言のように何かを呟いていた。
これは、まさか……『テレパシー』か。確か巨大なゴブリンが動きを止めた時、『ケネス』という単語を言っていた気がする。
だが、なぜこのタイミングでケネスが『テレパシー』を使ったのか、その理由が分からない以上、俺達はただ傍観する事しか出来なかった。




