第三章 勇者潜入する8.5
『やっと、あたしと向き合う気になったみたいね……』
「あなたは……誰……?」
アリサは自分の中に眠る、もう一人の自分――『サキュバス』と邂逅していた。
これは時間の流れとは関係のない、アリサが自分自身と向き合う為に生み出された、ほんの一瞬の出来事である。
『あなたが――じゃ、おかしいわね。私達が生まれて以来じゃないかしら、こうして対面するのは……』
「やっぱりそう……あなたは魔族の私なんですね」
『まさか、こんな日が来るとは夢にも思わなかったわ』
魔族のアリサは、人間のアリサの問い掛けには答えない。
そんな事聞くまでもないでしょ。と言いたいのか、ただ感慨深い表情を浮かべながら言葉を述べる。
「そ、それは……」
『ワイズのおかげね……あいつには言いたい事があるけど、これでチャラにしてあげるわ』
「チャラ……? いったい、何の話しをしてるんですかぁ?」
『ああ、気にしないで。こっちの話しだから』
「……はあ、そうですかぁ」
人間のアリサが知る事はない、魔族のアリサとワイズの間で交わされた約束。それを反故にされた魔族のアリサは、しっかり根に持っていた。
だが、その恨みをなかった事にする位、魔族のアリサはワイズに感謝しているということだろう。
『そんな事より、あなたはこうしてあたしと向き合うと決心したんだから、きちんとそれを証明してみなさい』
「証明って、どうすれば……」
『簡単な事よ……あなたの感じた事、思った事、それらを言葉にしてみなさい。そうすれば、それが答えになる筈よ……』
「私が感じた思い……分かりました。必ずあなたを納得させてみせますぅ!」
人間のアリサは、目の前にいる魔族のアリサときちんと向き合い、しっかりとした口調で返事をした。
『……そう。それじゃあ、あなたの答えを聞かせてもらおうかしら』
何かを悟ったように、優し気な表情を浮かべる魔族のアリサ。
だが、それも一瞬の出来事で直ぐに真面目な表情に戻った。
その一瞬を確認したかは定かではないが、人間のアリサはそっと口を開き語り始めた。
「私はこれまで、あなたを恐ろしい存在だと勝手に決めつけ目を背けてきました。それが原因で魔法が上手く使えない事も知ってたんです。それでも尚、私はあなたを拒み続けました。私が望む人間と魔族の共存とは相反すると分かっていながら……」
『我ながら、おかしな話しよね……まあ、あたしの事だから分かってるんだけど』
魔族のアリサは言葉に出す事なく、心の中でそう呟いた。
そんな事は露とも知らない人間のアリサは、話しの続きを語り始める。
「――けど、そんな私とも今日でおさらばですぅ! ワイズさんやエレナさん、私の全てを信じてくれた人達に報いる為にも……そして、私の一番の理解者である――もう一人のあたしの為にもッ!!」
人間のアリサは、心の奥から湧き上がって来る言葉を口に出して叫んだ。
それを聞いた魔族のアリサは、
『……そう言うと思ってた』
「え、どういう事ですかぁ?」
人間のアリサは言葉の意味が分からず聞き返す。
『初めから分かってたわよ。あなたはあたし、あたしはあなたなんだから……そうでしょ?』
魔族のアリサは微笑む。
それを見た人間のアリサは、全てを悟ったように口を開いた。
「……そう、でしたね。そんな当たり前の事も分かっていなかったなんて、本当に馬鹿みたいですぅ~」
微笑む魔族のアリサにすっきりした表情で応える人間のアリサ。
『じゃあ、馬鹿なあなたはこれからどうするの?』
「……決まってますぅ! 大切な仲間を、誰一人傷付けさせはしませんッ!!」
『……そう。せいぜい頑張りなさい。あたしも陰ながら応援させてもらうわ……』
人間のアリサが言った言葉を噛みしめ、そう呟く魔族のアリサ。
現実の時間にすると、ほんの一瞬の出来事。
ワイズの言葉に揺れ動かされた、ほんの数秒の出来事である。
これが、二つの心を持つ少女――アリサの不思議な体験であった……。




