第三章 勇者潜入する7-2
「いつまでも泣いてないで、早くゴブリンの振りをしろ」
「……わ、わがっでるげどぉ~」
もうすぐ例のゴブリン達がやってくるというのに、これでは変化した意味がない。どうにかして、エレナゴブリンを落ち着かせないと……よし、ここはあの作戦で行くか。
「聞け、エレナ! お前は誇り高き騎士だろ。ゴブリンになったくらいで、お前の誇りは消えるのか? お前が掲げる誇りっていうのは、その程度のモノなのか?」
「……な、何ですって」
俺の煽りにふるふる震えるエレナゴブリン。そして、
「――上等じゃない! やってやるわよ、ゴブリンの振りくらい!!」
ほら、アホだから乗ってきた。
エレナゴブリンは俺の作戦にまんまとハマり、やる気満々の『ゴブリン』に生まれ変わった。こいつの単純な性格に振り回される事が多い反面、こういう時には非常に扱い易くて助かる。
「よし、その調子で上手く演技してくれよ」
「任せなさい。ゴブリンの振りなんて、あたしに掛かればお茶の子さいさいよッ!」
「……お、おう。じゃあ任せたからな」
変なアドレナリンでも出てるのか、やる気満々のエレナゴブリンにちょっぴり引いてしまった。
そんなやり取りも束の間、ゴブリン達がこちらにやって来た。
「「お疲れ様です!!」」
曲がり角から顔出した二匹のゴブリン達に挨拶を交わす俺とエレナゴブリン。
「ええ、ご苦労様です……ん、あなた達、見ない顔ですねぇ~?」
「そうか? ゴブリンの顔なんて皆一緒だろ」
俺達の前に現れたのは、よく知った二匹のゴブリン――カールとケネスだった。
ベルヘイムの若い女性達を誘拐した奴らだ。こんなところで鉢合わせするとはな……。
突然の再開にエレナゴブリンは、
「こ、こいつら――」
「ああぁぁッ! 手が滑ったッ!」
俺は余計な事を言おうとするエレナゴブリンの背中を強く叩いた。
「痛いわねぇ、何するのよ!」
「馬鹿っ……」
何も理解していないエレナは普通に怒り出したので、俺は慌ててエレナゴブリンの耳を引っ張り囁いた。
「余計な事を言うな……」
「余計な事って、何よ?」
「それが余計な事だって言ってるんだ!」
「それって何よ! はっきり言わないと分かんないでしょ!!」
売り言葉に買い言葉。俺もイライラが募り、ゴブリンの振りどころか、内緒話しの体すら忘れて怒鳴り散らしていた。
「だから、何で分から――」
と、察しの悪いエレナゴブリンに怒りをぶつけようとして時である。
「はっはっはっはっはぁー! お前達面白いなぁ!」
俺達の口喧嘩を見せられていたゴブリンナイトのカールが、大きな笑い声を上げ出した。いったい何が起こってるんだ……?
目の前の状況に理解が追い付かず、俺とエレナゴブリンは首を傾げる。
そんなカールの言葉を聞いて、ゴブリンメイジのケネスは呆れたように呟いた。
「そうですかぁ~? 私には、ただ喧嘩しているようにしか見えませんがねぇ~」
「そいつが面白れぇーんじゃねぇーか」
「……やはり、私には分かりかねますがねぇ~」
俺達の口喧嘩を見世物と捉えてくれたらしく、見定める様に眺めて来るカールとケネス。怪我の功名とは良く言ったモノだが、これはチャンスと捉えて良いだろう。
カール達を上手く接待し、必要な情報を引き出す事が出来れば、奥で待ち構えているヤバそうな奴と相対する必要もなくなるかもしれない。
「あの~、少しよろしいでしょうか?」
「おう、お前ら新入りか? ケネスの野郎が見た事ないって言ってたからな」
「は、はい、そうです! 今日からここでお世話になる事になりまして……」
適当にカールと話しを合わせ、取り入ろうとする。
だが、そうは問屋が卸さない。
「それはおかしいですねぇ~。新入りが入って来るなんて、私は聞いてませんよぉ~」
「そういえば、俺も聞いてねぇーな……じゃあ、お前達は一体何モンだ?」
やばい……思ったよりケネスが切れ者だ。
カールはまったく気付いていなかったみたいだが、ケネスの一言でカールも疑いの眼差しを向けて来た。
俺はどう切り抜けようかと、思案していた時、
「私達は士官に来たものです! 新入りと言われ、つい気持ちが逸ってしまいました……」
エレナゴブリンが以外にも機転を利かした発言をする。
「……士官ですかぁ~」
値踏みするように俺達を見つめるケネス。
そんなケネスとは裏腹に、カールは歓迎の言葉を俺達に掛けてくれる。
「士官とは助かるぜ。ゴブリンの手が全然足りてなくて困ってたところなんだ」
カールは何の疑いも持たずにエレナゴブリンの言葉を信じたが、ケネスはどうだろうか……。
「……そうですねぇ~。味方は多いに越した事はありませんからねぇ~」
カールの言葉に同調するケネス。一先ず、疑いの目は晴れたらしい。
何処からどうみても怪しい『ゴブリン』の俺達だったが、エレナゴブリンのおかげで首の皮一枚繋がった。これでカール達に話しが聞ける。
「あの、少しお話しがあるのですが……」
「悪いが俺達は急いでるんだ。士官ならこの先を真っすぐ進んだ先に、ライネス様というお方がいらっしゃる。そのお方にお願いするんだな」
「ライネス様はゴブリンのエリートです。失礼のないよう気を付けるんですよぉ~」
「え、あ、ちょっと…………」
話しを聞く暇もなく、カール達は俺達の来た道を歩いて行く。
カール達を追い駆けようか考えたが、止めておく事にした。追い駆けたところで、聞き出す方法がない。余計な事を言って、墓穴を掘る可能性だってあるしな……エレナが。
「……おい、さっきは助かった。ありがとな」
「ふん……言ったでしょ、あたしに任せておけって。演技は得意中の得意なのよ!」
『ゴブリン』のままで調子に乗るエレナは、いつもの二倍増しでウザく見えた。
確かに任せろと言っていたが、元はと言えばお前のせいでもある。余計な事を言わなければ、そもそも怪しまれる事もなかったかもしれないのだから。
まあ、終わった事をとやかく言っても仕方がないか。気持ちを切り替えて、奥に居るであろうヤバい奴に会いに行きますか……と、その前に――
「変化を解くぞ……」
パチンと指を弾き、俺とエレナに掛かっている変化の魔法を解除する。
煙に包まれた俺達の体は元の姿に戻って行く。
「ようやく戻れたぁ~」
大喜びではしゃぐエレナ。洞窟の中をぴょんぴょん飛び跳ねている……お前はうさぎか。
そんなツッコみが出るほど、その姿は微笑ましいモノだった。
……いや、和んでいる場合ではない。早く奥へ進もう。
「はしゃいでないで、行くぞ」
「わ、わかってるわよ! うるさいわね……」
エレナの小言を聞き流しながら、洞窟の奥へ向かって歩き出そうとした俺達。
だが、一難去ってまた一難。悲劇は直ぐそこまでやって来ていた。
――ゴゴゴゴッ!! と、突然大きな地鳴りの音が響いた。
「何の音だッ!?」
「こ、この洞窟……揺れてない!?」
エレナの指摘通り、洞窟全体が揺れているような感覚が俺達を襲う。
「この音、何か後ろから聞こえてこないか?」
「後ろ……確かに何か近付いて来ている気が――って、何よあれッ!!
「……マジかよ」
「キャァァァッ!!!! 助けてくださぁぁぁぁいいいいいいいッ!!!!!!!!!」
俺達の背後に現れたのは、俺達より何倍もでかい転がる巨大な岩だった。しかも、あるおまけを連れているみたいだ……何であいつが居るんだよッ!
巨大岩は地響きと共にこちらに向かって転がって来る。
「……アリサッ!! なんで、お前がここに居るんだよッ!!!!」
馬車に置いてきた筈のアリサが、巨大な岩に追われていた。
「ヒィィィィィィィ!!」
「どうして私たちまでぇぇぇぇッ!!」
二匹のゴブリン達を巻き添えにして……。




