第三章 勇者潜入する5
夜の帳が降りた頃、俺とエレナはある洞窟の近くにある茂みに身を潜めていた。
「本当にアリサを馬車に置いてきて良かったの?」
「良いんだよ。今のアリサじゃあ、確実に足手まといになる」
「そんな言い方しなくても……これだけから魔族は……」
アリサに対する俺の評価を非難するエレナが、また魔族批判を始め出した。こうなると、何を言っても無駄だ。
エレナを放っておいて、俺は現状を把握することにした。
まず、アリサを茂みに隠してある馬車に置いてきた。念の為、どんな攻撃も通さない『バリア』の魔法を張っておいたから、外敵の心配も無い筈だ。
なぜアリサを置いてきたのかと言うと、まだ俺の『スリープ』で眠っているという事もあるが、前述の通り魔法が使えないアリサを連れて行くのは危険と判断した為だ。
この洞窟にはどんな魔族が待ち構えているのか、正直分からない。あのカールやケネスの様に上位のゴブリン達がわんさか居るのであれば、エレナですら足手まといになる可能性がある……自分で言うのもなんだが、俺一人の方が楽な気がしてきた。
そんな不安を抱きながら、目の前にある洞窟に目をやる。
「……それにしても、あの見張り……厄介ね」
いつのまにか魔族批判を止めていたエレナが、目の前の洞窟を見て呟いた。
エレナも俺と同じ考えのようだ。
「ああ、そうだな。下手に動けば、気付かれて援軍を呼ばれる可能性だってある」
「じゃあ、ここはあんたの出番ね。さっさと、お得意の魔法でどうにかしなさいよ」
簡単に言ってくれる……。
こんな事になるとは思わなかったので、ここへ来るまでにかなりの魔法を使ってしまった。馬車の中で少しは魔力を回復させたとはいえ、やはり残存する魔力量では心許ない気がする。
この先、どんな敵が待ち構えているか分からない以上、魔力の温存は必須。それを理解していないエレナが何を言おうと関係無い。
「魔法は使わない。ここは、俺の体術で突破する」
「体術って、本当に大丈夫なんでしょうね?」
俺の言葉に疑いの眼差しを向けるエレナ。ふん……俺を誰だと思っているんだ?
「まあ、黙ってそこで見ていろ……」
「カッコつけちゃって……失敗してもあたしは助けないわよ」
エレナが呆れたように呟くが、俺はそれを無視して見張りとの距離を目測する。
ここから見張りのゴブリン達まで数十メートル。ゴブリン達の距離は洞窟の入口を挟んで約五、六メートル位か。これなら、一瞬で片を付ける事が出来そうだ。
「よし、やるか……」
俺達が隠れる茂みから、遠くの茂みに向かって石を放り投げた。
――ガサっ!
石は遠くの茂みに落下、音を聞き付けた見張りのゴブリン達がそちらに注意を向ける。その隙を逃さない俺は、茂みから目にも止まらぬ速度で飛び出して、見張りの一匹を蹴り飛ばし、洞窟の外壁にぶつかり跳ね返ってきたゴブリンの足を掴み、もう片方の見張りに向けて投げ飛ばす。
「――うげぇ!」
俺の投げ飛ばした見張りのゴブリンは、物凄い勢いでもう片方のゴブリンに直撃。無様な悲鳴を上げて倒れ伏した。
直ぐに二匹のゴブリンに駆け寄り、意識が無い事を確認する。
「……よし、完璧だ!」
俺は小さくガッツポーズを取った。これくらいは訳ないが、やはり成功した事は素直に嬉しい。
そんな俺の姿を見ていたエレナが、茂みの方からこちらに向かって歩いて来る。
見張りは居なくなった事だし、このままエレナと合流して洞窟の中に潜入するとしよう。
そう考えて居た俺は、こちらに到着したエレナの不機嫌そうな表情を見て焦っていた。
「ちょっとあんた、そのゴブリン達まだ生きてるじゃない」
到着早々、物騒な事を言い出すエレナ。またこれか……。
「生きてるって、そりゃ殺す必要は無いだろ」
「必要無いって……だからあんたは偽勇者なのよ!」
そう言って、気絶しているゴブリン達に近付こうとするエレナ。
「――待てよ」
エレナが何をしようとしているのか理解した俺は、その腕を掴む。
「……放して!」
「無理な相談だ……この手を放したら、お前はそのゴブリン達に止めを刺すだろ」
俺の手を振り解こうとするエレナだが、俺は掴んだ手の力を緩める事はしない。あのゴブリン達を殺さなければいけない理由など無い。
少なくとも俺はそう思っている……エレナは違うようだが。
「当然よ! こいつらをこのまま放置したら、また誰かを傷つけるに決まってるわ!!」
「そうかも知れない……だけど、そうじゃないかも知れないだろ!」
「……意味分かんない。いいから、この手を放してよッ!」
俺の言ってる事が理解出来ない。と言って、手を振り解こうとするエレナに対して、俺は負けじと言葉を掛け続ける。
「本当に分からないのか……じゃあ、もしこいつらが人間だったらどうする?」
「はあ? 何言ってるの、あんた?」
「人間にだって善悪はある……なら、魔物や魔族だって同じ筈だ!」
アリサが語ってくれた事を思い出す……。
人間の勘違いによる悲劇……人間と魔族のハーフであるアリサを友人と認めた今のエレナなら、きちんとした選択が出来ると俺は信じている。
「エレナ、お前の答えを聞かせてくれ……」
俺の問いに対して、俯くエレナ。そして、
「そんなの……分かんないわよ……」
エレナは小さな声で呟いた。
「……すまん、最後の方が聞き取れなかったんだが、もう一度――」
「言わない! 次に同じ質問したら殺すからッ!!」
凄い剣幕で怒鳴られてしまった。
その勢いに負けて、掴んでいた手を放してしまうが、今はそれどころでは無い。
あまりにも小さな声だったから、聞き直そうとしただけなのに……何なんだ?
エレナの意味不明な言動に頭を悩ませていると、エレナが急に動き出した。
「おい、何処に行く気だ?」
「はあ? 洞窟の中に決まってるでしょ」
慌ててエレナを呼び止めたのだが、まさかの答えが返ってきた。
「……へぇ?」
急なエレナの心変わりに、俺はさらに頭を悩ませる事に。
戸惑う俺を置いて、エレナは洞窟に向かおうとする。
「いや、待てよ! こいつらは良いのか?」
倒れ伏しているゴブリン達を指さしエレナに訴え掛ける。あんなに殺す、殺すと言っていたのに、急にどういう心境の変化なんだ?
そんな俺の問いに対して、エレナは動きを止め口を開いた。
「そんな奴らに構ってる暇はないわ。今は止めを刺す時間も惜しいの。分かったら、さっさと行くわよ!」
「……お、おう……そうだな」
急な手のひら返しに動揺を隠せずにいたが、エレナの様子を見る限り、どうにか説得は成功したようだ。
きっと、俺の言葉とアリサとの友情が、エレナの掲げる正義に対する考え方を変化させたのだと思われる。
これで少しは俺に対する当たりも弱くなってくれれば良いのだが……。
「早く来なさいよ、こののろ魔族!」
洞窟の入口で俺を罵倒するエレナ。
のろ魔族……のろ間と魔族を掛けた罵倒か……。
やれやれ……俺に対する当たりはまだまだ強そうだ……。




