第三章 勇者潜入する4-2
「うるさい……そんな事より、最後の質問だッ!」
恥ずかしさを紛らわす為に、感情に任せてアリサに言葉をぶつける。
俺が言った最後の質問、それはアリサの魔法についてだ。アリサ本人から聞いた話しによると、魔法は使えない筈。魔法使いなのにな……。
そんなアリサだが、魔族化した時はきちんと魔法が使えていた。人間のアリサが嘘を付いている可能性もあるが、それは考えても分からない事なので今は止そう。
とにかく、ここで魔法の事を詳しく聞ければ、人間に戻ったアリサでも戦力になる筈だ。
そんな淡い希望を抱いて質問したのだが、
「……はあ、最後の質問? もう、うんざり……久しぶりに表に出て来られたと思ったら、つまらない質問攻めのオンパレード……あたしは裁判にかけられてる被告かっての!」
今まで不満が募りに募って、抑圧されていたモノが爆発したようだ。
弱点を握られているとはいえ、相手はサキュバス……どんな色仕掛けをしてくるか分かったモノではない。また、性的に襲われるのは御免だ……。
「わ、分かった……分かったから、落ち着け!」
俺は興奮するアリサを刺激しないように声を掛ける。
だが、それは返ってアリサを刺激したようで、
「何が分かったの……全然、何も分かってないじゃない! あたしはサキュバスなの! 男を魅了して骨抜きにする淫魔なの! それなのに、目の前の男一人篭絡させられないなんて……」
俺の両肩を掴み、弱い力ながら揺さぶって来るアリサ。
どうやらサキュバスとしての役割を全う出来ていない自分に腹を立てているようだ。
最初は感情のままに怒っていたが、最後は力なく俯き出し始めた。このままでは話しを聞く事すら儘ならない。
そう感じた俺は、ある提案をアリサに持ち掛ける事にした。
「アリサ……俺が悪かった。この通り、謝る……だから元気を出してくれ」
俺はアリサに頭を下げる。
「……………………」
だが、返事はなかった。
俺はそのままアリサに語り掛けた。
「もし、俺の質問に答えてくれたなら……何でもお前の言う事を一つきいてやる」
これが俺の提案だ。
我ながら恐ろしい事を口走ったモノだと思うが、これしか思い付かなかったのだから仕方がない。これでアリサのご機嫌が取れるなら、喜んでこの身を捧げよう……とは思っていない。もしやばい事をお願いされた場合、それを拒否する秘策がある。
そんな腹積もりの俺を他所に、それを聞いたアリサは大喜びで俺に話し掛けて来た。
「……ほ、本当にッ!! 嘘じゃないわよね! 嘘だったら承知しないわよ!」
アリサの喜びように少々心が苦しくなったが、背に腹は代えられない。ここは心を鬼にして、アリサと向き合う事にする。
「嘘じゃない。だから、俺の質問に答えてくれ」
アリサの信用を得る為に、俺は真剣に訴え掛ける。
「……分かったわ。その変わり、もし嘘だと分かったら……うふっ、それも悪くないかもね」
蠱惑的な笑みを浮かべ、何かを妄想するアリサ。どうなるんだ、俺……マジでどうなるんだ。
アリサの妄想に恐怖を抱きながら、質問を始める。
「……お、俺が聞きたいのは、お前の魔法についてだ」
「魔法……それがどうかしたの?」
「人間のアリサから魔法は使えないと聞いていた。だが、魔族化したお前は魔法を使っていた。それも無詠唱で……。どいう事か聞きたくなるのは、至極当前だと思わないか?」
俺の質問に対して、何だそんな事か。と、言いた気な表情を浮かべるアリサは、
「そうね。でも、あなた誤解してるわ」
――誤解だと? どういうことだ……。
「人間のあたしは魔法が使えないんじゃない……使い方を知らないだけなのよ」
「……どういう意味だ?」
アリサの言ってる事が理解出来なかった俺は、とりあえず相槌を打つように質問した。
「あたしのような人間と魔族のハーフって、魔力を二種類持ってる訳。一つは人間の魔力、もう一つは魔族の魔力。この二種類の魔力を上手くコントロールしないと、魔法は不安定になって発動する。だから、人間のあたしが魔法を使うと、暴発したり、不発だったりするって訳」
「じゃあ何か、お前は二種類の魔力を上手くコントロール出来てるから魔法が使えて、人間のアリサはそれが出来ていないから、魔法が使えないって事なのか?」
「まあ、そういう事になるかしら……」
俺の質問にイエスと答えたアリサだが、何処か歯切れが悪い様な気がしたのは気のせいだろうか……。
考えても答えは出ないので、今は別の質問に変える事にした。
「じゃあ、無詠唱で魔法が使えたのはどうしてだ?」
「それこそ簡単な事よ……あたしは魔法のエキスパートなの!」
大きな胸を張って、さらに巨大な胸を強調するアリサ。ちょっとエロい……。
そんな下らない事を考えていると、アリサが自慢するように語り始めた。
「幼い頃から魔法を極める為に猛勉強して、様々な魔法を習得していった……まあ、人間のあたしが、だけどね。その魔法の知識を使って、魔力の仕組みを理解してるあたしが魔法を使えば、そりゃ無詠唱ぐらい出来て当然の事よ」
「そんなに賢いなら、人間のアリサだって魔力の仕組みを理解してるんじゃないのか?」
「それは……」
アリサの話しを聞いて、疑問に思った事を口に出したのだが、何処か様子がおかしい。俺の疑問に答えるどころか、答えを言い淀み、俯き始めるアリサ。
「おいおい、どうしたんだ?」
「……ごめんなさい。ちょっと、考え事をしてたから」
「考え事……?」
明るい調子で話していた筈のアリサは息を潜め、静かな口調で話し始めた。
「……ええ。確かにあなたの言う通り、人間のあたしは魔力の仕組みについて気付いてる」
「じゃあ、どうして――」
と、疑問を投げ掛けようとした時、
「あの子はあたしの存在を認識してない。だから、魔力の仕組みを知ったところで、上手く魔力をコントロールする事は出来ないのよ」
「存在を認識してないって、どういう事だよ……?」
アリサはきちんと自分の中に魔族の血が流れている事を認識している。
なら、魔法を使う条件はクリアしてる筈……。
「あの子は人間と魔族の架け橋になりたいと言ってるけど、内心では自分の中に眠る魔族の血を恐れてる。誰かと仲良くなる度に、自分が人間と魔族のハーフだと知られたらどうしよう。と、無意識ながらに恐怖を感じてたわ。それが『サキュバス』という存在から目を逸らす原因になってしまってるのよ」
悲しげな表情を浮かべるアリサは、人間のアリサが魔法を使えない根本的な理由を打ち明けてくれた。
「じゃあ人間のアリサが魔法を使うには、『サキュバス』という存在ときちんと向き合わなければいけないって事なのか?」
「まあ、そういう事になるかしら。でも、口で言うほど簡単じゃないわよ」
「……そうだな」
アリサの言ってる事は正しい。この話しを人間のアリサに伝えたところで、無意識に感じている恐怖を取り除くのは難しい。何か、それを克服出来るような出来事でもあれば変わって来るんだろうが……。
そんな事を考えていると、とうとう痺れを切らしたらしいアリサが、
「――さあ、お話しはここまでよ」
「……ひぃ!!」
目の色が変わったアリサは、俺を見つめて舌なめずりをしている。
これは何か、嫌な予感がする……。
「あらあら。震えるあなたも可愛い……けど、これからもっと震える事になるかもね」
「な、何をする気だ……」
アリサの声色はどんどん色気を増して行き、その声が俺を恐怖に駆り立てる。
「何って、男と女が二人きり……なら、やる事は一つでしょ……」
そう言って、ゆっくりとこちらに迫り来るアリサ。
その発言を聞いた俺は、はっきりとした貞操の危機を感じ、最終手段を使う事にした。
「……すまん、アリサッ!」
謝罪の言葉を叫び、アリサに右手を向ける。
「……なっ……覚えて……おきな……さい…………」
静かにこちらへ身を預けて来たアリサをそっと受け止める。
俺は『スリープ』の魔法を発動させた。その効果は絶大で、あれだけ興奮していたアリサはすっかり大人しくなり、俺に体を預けて眠りに就いていた。最後に何か不吉な事を言っていた気がするが……今は忘れる事にしよう。
寝顔のアリサを見つめていると、そんな事すらどうでも良くなってしまった。
心が洗われる時間を堪能していた時、急にエレナが荷台に顔を出した。
「ちょっといいかしら……って、またイチャイチャしてる!」
「いや、これは違う!」
鋭い視線を投げ掛けてくるエレナに弁明しようとするが、
「ぷっ……冗談よ。いくらあたしでもそんなぐっすり眠ってるアリサを見て、いかがわしいなんて思わないわよ」
エレナのちょっとしたお茶目にまんまとハマってしまった俺。
どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。エレナに一本取られるとは……一生の不覚だな。
そんな事を考えていると、エレナが仕切り直すように話しを再開させる。
「……冗談はさておき、もう直ぐ着くわよ――ゴブリン達が住処にしてるって話しの洞窟に」
「……そうか。じゃあ、ここからは気を引き締めて行こう」
エレナの報告を聞いたのは、すっかり日が暮れた夜の出来事であった。




