プロローグ 戦闘
夜の帳が下りはじめた静かなはずの山道に剣を打ち合う音が鳴り響く。
振り抜いた剣を中段に構え直して間合いを取る。明らかに腕力も剣の腕も負け、勝ち目がない相手を前にして俺は不敵に微笑む。
「…チッ」
圧倒的格下の挑発を受け殺気立った敵は剣を大上段に構えて前へと跳躍。一瞬で俺との間合いを詰めそのまま剣を振り下ろす。
―――正面から受けたら死ぬっ!
ありえない速さの肉薄に俺はなんとか身をひねりバックステップで回避する。だが敵は振り下ろした剣が虚空を斬ったとわかると同時に、距離を離した俺のもとへと真っ直ぐ飛び込み振り下ろした剣を返す。俺の右足に剣が迫る。
(機動力を削いで殺るってことかよ!)
すんでのところで敵の返す刃を剣で受け、何度目かの剣戟が始まった。
右足、胴、首、左足。流れるように振るわれる剣のなか、致命傷に繋がる一撃をいなしてどうにか戦う。
(クソッ、全力を出すのはまだなのか。《・》早く出してくんねぇと負ける!)
「ぁっ、グッ…!!」
余計な思考が邪魔をしたか、刺客の剣が俺の右肩を捉える。幸い致命傷ではないが、少なくともこれ以上右手で剣を受けることはできない。とはいえもうすでに俺の体には無数の切り傷があり、まだ死んでいない方が奇跡だ。
そして、戦えないとわかったらすることは一つ。
「うぉぉぉおっ!」
・・・俺は剣をしまい、右腰に鞘を付け直しながら全力で後ろへと駆け出した。
「…さっさと諦めろよ。《身体強化》!」
敵は使わずして勝てると出し渋っていた、一時的に身体能力を上げるスキルを使う。おそらく右腕が使えなくなった今、たとえ俺に切り札があったとしても問題なし、それ以上に早く仕留めたいと思ってのスキル使用。
・・・だが、
―――勝った
「《*****》」
感覚が研ぎ澄まされ、全身に力が湧いてくる。
一気に距離を詰めようと勢いをつけた敵からまた距離を取り戻す。剣を構えて追いかけるより納刀している方が速い。今でも身体能力は敵の方が高いがそれでもここは見知った山道、俺の庭だ。
剣先が何度も背中を掠める。敵の身体強化が切れる30秒後が最初で最後の唯一のチャンス。木を使い、草を使い、斜面を使い、10秒にも10分にも思えたその30秒をどうにかやり過ごして俺は開けた場所へ飛び出す。入り組んだ道を出て好機と思った敵はスピードを落とした俺へここで決めるとばかりにさっき見た大上段の構えを取り肉薄。
いける。あの一撃はバカみたいに速くて後隙もないけど技を出す直前は完全に無防備。…だったらやることはただ一つ。
素の全力のあいつに近い身体能力を未だ保持している俺とそれに気がついていない敵。互いに手を伸ばしたら当たりそうな超近接の間合。そして納刀。
―――この状況で取る必殺の一撃は最初から決まっていた。
「『居合切り』!!」
背を向け走っていたところから腰を落とし足を踏ん張り急停止。身を翻して敵の方へ飛び込みながら左手を右腰の剣の柄にかけ、敵が繰り出す音速の袈裟斬りに合わせて放つ振り向きざまの居合いの一閃。
「なっ!?」
先程までとはわけが違う。まるで別人、いや、まるで自分自身のような俺の動きに驚きを隠せない刺客と、刹那、体が交差する。音速の一撃と音速を超えた超高速の一撃。勝負は果たして…