3-19 敵中突破①
可能性としては少し考えていたけど、宿の主人は俺と敵対することを選んでいたようだ。
普通に考えて、ありと言えばありな選択だ。
一個人である俺よりも、敵対勢力とは言え大組織である堀井組に恩を売った方が有益だろうし。
こちらとしても、同盟を組んだのではなく利害を一致させようとした関係者というだけなので、敵対されようとあまり気にならない。
ただ、潰すだけである。
「『マナボルト』!」
包丁で刺されそうになった俺は、腕を捉まれ距離が近かったので、とっさに魔法を使う。
恰幅が良い、つまり体重の重い主人相手に物理戦闘は不利だ。だったら魔法で戦う方が良い。
すぐに使えるようにと
殺しに来た相手は殺していい。
しかし街中という事で、ちょっと温情を与え、包丁を持っていた右腕を肘から吹き飛ばすだけに留めておいた。
これでも十分すぎるダメージで、この場を生き残ったとしても生きていけるかどうかという大怪我だ。
下手すればショック死、放置すれば失血死になるので、「殺さない」という目標が達成できるかどうかは運次第である。
もっとも、俺を殺そうとした時点で、この程度の怪我は相応の報いだと思うけど。
他人様の命を奪おうとしたのだから、殺されたところで文句は言うな。
いや、言ってもいいけど、聞き入れることは無いぞ。お前らと同じで。殺しに来た時点で、俺は相手を人とは思わないからな。
どうせ俺も、人間扱いされていない。
「あ、ああぁぁーーーーっ!!??」
「竹早さん! くっ! 急いで止血を!!」
「失敗したのか!」
宿の主人は失った右腕を見ると、壊れたように叫び出した。
このレベルの痛みを経験した人なんてそうそう居ないだろうし、痛みに耐性が無くともしょうがない。俺だって叫んでしまうだろう。
ただ、その叫びに釣られて他の従業員もやって来た。
……おかしい、他の客は来ないな。
俺はこの段階で、宿の連中を「美濃派」から「尾張派」ではないかと疑う。
外で聞いた情報では、この宿は「美濃派」だけど、宿そのものが実は尾張派で、川島町の美濃派全体から見てスパイか何かだった?
そういう可能性を頭の隅に置く。
ともあれ、状況はあまり良くない。
ここは敵地、敵中になってしまった。
「夏鈴! 凛音! 莉奈!
出番だ!!」
俺は偽装で死体ごっこをさせていた三人娘に呼び掛け、まずは味方を増やすのだった。