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本当に、反射的な行動だった。
事前に「ピンチになった時の保険として、オークゼルブを選択肢に入れる」と決めていたため、この他に手の打ちようもない危機的な状況でついやってしまったのだ。
オークゼルブを使った、その効果は、すぐには分からなかった。
オークゼルブが召喚直後に食われたため、召喚して少しの間、俺は何の効果も無かった、失敗したと悔やんだだけだった。
ただ、その効果は絶大である。
いったいどういった事が起きたのか。
オークゼルブは、どのような“適応”をしたのか。
気が付いたら、肉壁が朽ちていった。
生物的だった肉壁が、死んでいたのだ。
そればかりではなく、死んだ部分が黒くなり、粉々になっていく。
「全員、駆け足!! 後の事は考えずに走れ!!」
思わず、大きな声が出た。
先ほどまでとは全く違う焦りを抱いた俺は、全力での逃走を選んでいた。
この状況は、さっきまでとは違う意味で、ヤバい。
最初は、食われることを恐れていた。
肉壁が狭まり、圧殺される事も考えていた。
最悪は攻撃魔法で空間を作り、その中に鉄の箱でも召喚すれば何とかなる。一ヶ月か2ヶ月か、リキャストタイム終了を待って、そこから立て直すことを考えていた。
だが、今は違う。
オークゼルブの効果により、肉壁がどんどん死んでいく。
死んで、粉々になっていく。
それが進めば、天井も、壁も、足場さえも、粉々になって消えてしまう。
その先にどうなるのかが、全く分からない。
それに、だ。
おそらく、肉壁が死んでいくのは毒性の強いウィルスによるものだろう。
オークゼルブの元になったのは、オークはオークでも、ディズ・オークだ。病原菌の塊だった連中である。
その性質が、悪い方に発現した。
そうか。
ウィルスは環境により短いスパンで変質するというが、オークゼルブは、そういったウィルス的な性質を持ったオークの事か。
意味は相変わらず分からないが、基本的な、根っこの部分は理解したよ。
――最悪だ。
こうなると、オークゼルブが俺の命令を聞くかどうかはあまり関係が無い。
どちらかと言えば、これは生態の話だ。自意識とか、理性とか、そういった部分によって制御できない話である。全く嬉しくない。
強化でこちらの言う事を聞くように調整したけど、何の意味も無かった。
人間に「呼吸を1時間止めろ」と命令すれば死んでしまうが可能だけど、「高さ100mから飛んで、水平方向に200m移動しろ」と命令したところで、できやしないのと同じだ。
オークゼルブがそこに居るだけでこうなったのだろうから。
今の俺たちにできる事は、走る事だけ。
周囲の肉壁が死んでいくのを尻目に、ほんの数100mを俺たちは走り抜けた。
不幸中の幸いだったが、俺や夏鈴は何とか走り切った。
肉壁の洞窟から、別のエリアまで何とか逃げ切った。
気が付くと、一緒に肉壁の洞窟に潜った700人の仲間が、半分ほどに減っていた。
最後の最後で、とてつもない被害を出してしまったようだ。