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黄泉比良坂。
開かれた門の先は、下り坂である。
本来であれば崖があったはずだが、なぜかも何も、冥界に繋がったがために坂になったのだ。
あの坂は、冥府と現世が隔てられているという象徴なのだろう。
坂を下り続けると、景色が突然変わった。
勘ではあるが、世界を跨いだのだろう。
あの黄泉比良坂は半分現世であり、半分冥界である。霧で曖昧になった世界と世界を繋ぐ通路だったのだ。
通路を越えれば、霧が晴れて景色が変わるのは道理であった。
下り坂の先。
辿り着いた冥界は、穏やかな草原であった。
空には日が昇り、穏やかな風が吹いている。
しかし鳥や虫の姿は見えず、遠くに流れる小川のせせらぎが聞こえてきそうなほど、音が死んでいる。
生き物の気配が、全く無い。明るいけれど、寒々しい。
冥界とは、こんな世界だったのか?
「否」
俺が周囲を観察していると、いつの間にか、黒い巫女服を着た女性が立っていた。
あの大蛇の巫女とは違う、目の前にいるのに、本当に要るのか分からない、希薄な存在感の女性だ。
「この静寂は愚か者どもが踏み荒らしたが故よ」
顔の半分を前髪で隠した女性。
鼻を鳴らさず臭いを確認するが、腐臭はしない。
ともすれば不敬と取られかねない俺の行動を無視して、女性は俺たちの正面を指し示した。
「大蛇と愚か者は彼方に居る。子らよ、行け」
彼女は俺たちを見ていない。
どこか、機械的な反応を示されただけのようにも見える。
術か魔法による仕込みなのだろうな。
この女性、いや女神が何者なのかは想像がつくが、敢えて指摘してはいけない雰囲気である。
俺はみんなに口を開かないように指示をすると、無言で頭を下げ、指し示された方角へと進むことにした。
名を呼ぶ、確認するのは、神様相手にはハイリスクな行為である。
古来より、名前には魂が宿ると言われ、真名とか、神様の名前とか、そういったものは軽々に口にしないのが常識なのだ。
下手を打たない事の方が重要だから、この場は頭を下げるにとどめる。
頭をあげると、女神はいつの間にかいなくなっていた。
幻だったのかと思えば、そうでもない。
よくよく考えれば、そもそも神とは遍在する者。つまりは“遍く在る者”なのだから、居なくなったというよりは認識できなくなっただけなんだろう。
神様が存在するなら、最初からここにいた。それだけである。
「旦那様?」
「せっかく神様が道を示してくれたんだ。ここは有り難く、従うべきだよ」
罠の可能性は低い。ただ、厄介事を解決するように命じられたようなものだ。
命じられた形であるが、こちらにも利益のある話なので、乗らないのは無駄に損を出すだけ。
たとえ罠であっても何とかなるはずだ。
うん、問題ない。
危険な雰囲気や危機感の一切を感じられなかった女神さまの指示に従い、俺たちは冥界を慎重に進んでいった。