2-25 非法治国家
俺が不当な拘束から脱出して10日が経った。
俺は今、岐阜市の貴金属買取店に来ている。
「どうも。10日ぶりですね」
「貴方……創君。どうして?」
「勝手な理由で拘束されるのは勘弁ですけど、法律そのものを無視する気も無いんですよ、俺は。
ま、納得できない不条理な事を言われたところで素直に従うって訳じゃ無いだけです。
其方だって「勝手な法律で俺から砂金を盗んだあの男は、俺に代金を払うべきだ」と主張してもあの男が納得するとは思わないでしょう? 同じ事です」
ネタで用意した「盗むな」「犯すな」「殺すな」「これに違反した者には創が罰を与える」と明文化した紙を見せて戯けたように言う。
人から者を盗んだ場合、罰せられるのは誰でも知っているのだから相手が自分の法律を有効だと言うならこれも有効だと主張してみせる。なにせ、この紙には権利については一切書いていないのだから。
もしもこれが無効だとするならば。
「法の施行には……」
「罰を与える実行力があれば良い、でしょう?」
人・領土・法という国を成り立たせる三つの要素は、結局の所、それを維持するための武力で賄われる。
それが維持できるなら、組織としては成り立つのだ。
実際に、俺はあの男の店から対価を徴収する事で罰を与えている。それは教えないけどね。
「違うわ! 相互理解なのよ、お互いの理解と納得が無ければ、たとえ明文化された法律でもただの暴力になるの!」
「まぁ、貴女は俺の理解や納得を理由に無罪を主張していたので、俺もこうやって顔を出す程度には信用していますけどね」
「そう、そうなのよ!」
国家が他国の承認を経て正式な組織としてカウントされるように、法律も国民の理解を経て法として施行される訳だ。
納得できなきゃ夫婦別姓みたいに、デモでもなんでもして権利を認めさせろと言う話だな。
とは言え、俺は法律談義がしたくてここに来た訳じゃ無い。
俺は納得できる事であればちゃんと法律を守る意思がある存在だと知ってもらうために足を運んだだけだ。
もっとも、法廷闘争で勝つつもりでは無い。相手の好き放題できる、相手が絶対に勝てる場所で戦うほど、俺は阿呆でも無い。
法を平等に公平に運用しているかどうかを知りたいだけなのだ。
今後、人間の領域に行くかどうかの判断材料が欲しいだけだ。
「無罪、と言うか、そもそも犯罪として立件できなくなったわ」
「え?」
「創君を犯人にした場合、創君を捕まえる事を求められるの。つまり、その為に人と労力を費やす必要があるわ。
でも、美濃の国にそんな余裕は無いの。だから、無かった事にしてこの話は終わり。そういう事よ」
「いや、その理屈はおかしい。捕まえなくても良いだろ。ポーズだけ取っておけば……」
「こうやって創君はまた顔を見せるのに? それが現場の意見よ」
「あー」
なんか、非常にグダグダした話を聞かされた。
そうだね、労力に見合わないよね。たまに顔を出す相手を追いかけないと行けないとか、割に合わないのは確かだ。
下手すりゃ狼を召喚して逃げる訳だし。
現場判断で無罪とか。すさまじい法運用だなー。
俺はこの世界が法治国家では無く、それ以前の国家に後退した事を知る羽目になった。
法律は、こりゃ、恣意的に運用されているな。
ヒャッハーできない程度にはモラルが維持されているけど、上は裏で好き放題していそうだ。国レベルで信用せず、人レベルで判断しよう。