27-11 清音と美星①
意図せず虐げてきた美星。
悪意なき虐待に耐えるしかなかった清音。
この2人の娘は、俺とは違うカードクリエイターの娘であり、今は俺のコントロール下にあるカードクリエイターでもある。
基本的に2人はこちらの指示した開発業務、美星は航空機で清音は爆弾と、異なる職場で働いている。
2人の仕事は黄泉比良坂で大きな戦果を出しており、こちらとしては非常に助かっている。
よって、報酬を聞いてみたのだが、判断に困るものを要求されている。
「母さんに会いたい」
「今のままの、平穏な生活ができれば満足です」
完全に、二律背反の要求である。
こちらを立てればあちらが立たず、片方の要求しか呑む事ができない。
俺を含む、誰かが妥協を求められる事となった。
この場合、上の立場である俺が妥協するのは確定事項。
そして俺が選んだもう一人の巻き添えは、幼い美星の側であった。
俺は、清音の要求を最優先としたのである。
虐げた人間にとっては些細な過去でも、虐げられた側にしてみれば、それは地獄のように鮮烈な過去である。
忘れろと言ったところで、忘れられるものではない。
地獄の中で生活をしていた清音のトラウマは、半年以上経った今でも健在だ。
同じ宿舎で寝泊まりしている同僚の話では、清音は夜中にうなされる事が多く、嫌な夢を見た為にいきなり飛び起きる事もあるという。
同僚が叱責される声にも怯えを見せ、運が悪いとパニックを起こす。
多少は改善傾向にあるので強くは干渉しないが、莉奈が作った精神安定の効果があるアロマなどを渡して対処している。
本人の同意があれば、カード強化で治してもいいんだけどね。☆9のカードクリエイターが相手では、それにかかるコストは過去最高となりかねないので、本人がそこまでしなくても良いと辞去している。
職場に同性の同僚を配置したのはもちろん、男性の同僚もいる。
噂ではそろそろ恋人でも出来そうなので、清音の心の本格的なケアは、その男に任せようと思っているよ。
現状を見れば、清音に美星を引き合わせない方が良いという俺の判断は、過保護かもしれないが、責められる謂れは無い。
俺は基本的に、被害者側の立場を優先する。
ただ、そういった事情を外から聞いたところで、まだ子供の美星が納得できるわけもない。
多少は現状を見せた方が良いと考え、美星を連れて、清音の職場見学をしている。
それも、かなり遠くから、双眼鏡を使って。
「母さん、元気そうだよ。俺、会いに行っちゃだめなのか?」
「まだ駄目だよ。元気そうに見えても、外側だけだから。内側、心の傷はかなり深い。会ったら、嫌な思いをするだけだ。
――お前が悪いとは言い切れないんだけどな。けど、まだ駄目なんだ」
遠くから見る母の姿に、美星は会いたい思いを募らせている。
だけど、それは幻想なんだよ。
俺は清音の心の内を知っているので、会わせないように気を遣っている。
実は、清音にも美星を見せたんだよ。同じようにね。
今の美星は、過去の行いが間違った事だと分かっているので、ごく普通の幼い少女としか見えない。
航空機開発の職場では、同僚から可愛がられる存在となっている。
職場では上手くやっているんだよね、美星も。
ただ、それを見た清音の顔は、言葉にし難いものだった。
美星が同僚に向ける、自分に向けたのとは明らかに違う表情に、殺意すら抱いていた。
憎しみや怒りを覚えている事に間違いはなく、美星に会わせられないと、誰でも分かってしまう。
半年会わない程度では、暗い心が晴れる事も、解ける事も無かった。
それだけの感情が、長年積み重なっていたのだ。
会って、清音が美星を引っ叩いてやれば、多少はマシになるのかもしれないけどね。
けど、男同士という訳でもないし、それも時期尚早じゃないかと思う訳で。そのまま会わせずにいるわけだ。
清音が伴侶を見付けたら、また少しは状況が変わると思う。
過去に区切りを付けたいと、自分から言い出すかもしれない。
だから、それまでお預けなのだ。
美星には辛いだろうけど、まだ我慢してもらうしかない。