26-26 結末
姿を見せた夏鈴は本物だ。
召喚した者とされた者の間にある繋がりが、それを証明している。
「空爆で敵戦力の8割以上を吹き飛ばすことに成功しました! 思った以上の戦果でしたよ!」
夏鈴はタイラントボアの上から、楽しそうに叫ぶ。
おそらくも何も、近くにいる巫女に対して情報を与え、思考に意識を費やさせることで俺の安全を確保しようという狙いだろう。
また、こうやって挑発する事で、戦意を俺から自分に向けさせようという意図がある。
我が妻ながら、肝が据わっているものだ。
「嘘……? そんなはずは……。連絡が無いのは何故?」
大蛇の巫女は、夏鈴のもたらした情報で完全に動きが止まってしまった。
その隙をついて、俺の近くにいる巫女以外が始末されているが、そんな事すら理解できず、現実逃避をしている。
これは、あれかな。
俺が周囲に吸魔晶石をばら撒いた事で黄泉比良坂との情報共有が途絶えて、向こうの情報が回って来なくなったのだろう。
情報共有が常時接続ではなく、要所ごとの連絡であるなら、そういった事も有り得るだろう。
一度、巫女が「あちらは苦労している」と言っていたのを嘘と感じたけど、そこはただの心理戦、情報戦だったのだろう。
見た目と違って老獪であるため、読み合いで劣る俺は巫女に嵌められ、騙されていたという訳だ。
いや、巫女自身、夏鈴たちでは黄泉比良坂の攻略に失敗すると考えていたのかもしれないな。
でなければ、夏鈴が現れ、こちらの勝利を喧伝されただけで動揺などしないだろう。
いつまでも巫女を生かしておく必要は無い。
ここにいない巫女がどこかに隠れている可能性は高いけれど、その巫女にこちらの情報を渡すというのも馬鹿らしい。
俺が手を下さずとも、親衛隊が巫女の胸を剣で貫き、その命を絶った。
道中でどれだけ苦労しようと、終わるときはあっさりと終わる。
本調子であれば親衛隊の剣にやられる事も無かっただろうが、完全にフリーズした状態では何もできやしないのだ。
大蛇の巫女はどれだけ強かろうと、不死身の化け物ではなかった。
ひとまず、この場での戦いは終わった。
「途中までは、本気で死を覚悟するほど苦労したんだけどなぁ。
夏鈴たちが来ただけであっさりと終わったよ」
「それは嬉しいですね。お役に立てたのなら、何よりです。
それにしても、あの大蛇の巫女は、なんだったのでしょうね?」
「ん? ああ、大蛇に食われた神様だったみたいだ。まさかの神殺しだよ、俺たち」
俺は、全部終わったと、気を抜いたわけではないけど、少し気の抜けた状態でさっきまでの戦いを振り返っていた。
あとで夏鈴たちがどんな状態だったのか、どうやって戦って、どのようにして勝ったのか確認しようと思うが、今はそんな気にならないような精神状態だ。
生死の淵に立って、その状態を切り抜けたからか、頭がちっとも働かない。
いつものノリで殺した相手、大蛇の巫女をカード化し、その内容を確認してみた。
――元はゴブニュートやワクチン・オークだったはずだが、カード化できたんだよね。あとで、元になった連中のカードを確認しておこう。
『大蛇の巫女の残影』:モンスター:☆:???:不可
大蛇の巫女の残影を1体召喚する。大蛇の巫女は、かつて多頭の蛇の神だったものの成れの果てである。人の死体を器として用い、残影として顕現する。
多頭の蛇の神であるがゆえに、最大7体まで同時に顕現できる。全ての巫女の思考は共有される。
魔力に汚染されているため、正常な思考はできない。
☆の数は1つであるが、強化も進化もできない謎カードである。
ここに来て、☆の意味が分からなくなってしまったよ。
あと、消費が「???」というのも意味が分からない。
まぁ、召喚するつもりが無いから、バグったカードであっても関係ないけど。
カードにするところまでは許可されたが、実際に干渉する事はできない。そんな感じなんだろうね。
一応、巫女のカードは6枚手に入れたよ。
「しかし、本当に疲れたよ。しばらくはのんびりしたい」
「温泉にでも行きますか?」
「いいね。高山の温泉にでも行こうか。それとも、兵庫の有馬も温泉で有名だったら、帰りにそっちに寄っていくのも良いか」
大蛇の巫女、神の成れの果て。
それを殺したことの意味。
俺たちはその意味を全く考えることなく、黄泉比良坂の門を閉じたのだからと、戦地を後にした。
そして数日後に、少し後悔した。
考えた所でどうしようもなかったけど、少なくとも、心構えだけはできたんじゃないかと思う。