26-22 切り札②
あの巫女、爆弾でバラバラにできる程度の肉体強度で良かった。
もしも爆弾の爆発に耐えられるような生き物だった場合、手の打ちようが無かったのだ。
最悪、液体窒素をぶちまけようかと考えていた。
大蛇の巫女なんだから種族的には蛇に近しい生き物だろうし、冷却系の攻撃が有効だろうと考えていたんだよね。
少なくとも、氷の中に閉じ込めれば動きは鈍るだろうし。
巫女の残骸を観察しながらこの場に留まっていると、ワクチン・オークと他数名が、こちらにやって来た。
元は夏鈴の寄こした援軍だろう。
数はそこまで多くない。
「創様! おお、ご無事で何よりです」
ゴブニュートの青年が俺に挨拶をしに来た。
伝令役の者で、軽めの装備を身につけている。
彼は『千年氷牢』に驚いた様子だったが、すぐに状況を把握して、俺の無事を喜んだ。
逆に俺は苦い顔をする。
「流石ですな。手前どもの助けも無く乗り切りましたか」
「ギリギリだったけどね。おかげで、切り札を切る羽目になったよ」
「いやなに。切り札とは、切るべきところで切る札の事です。切り札をもったいないからと言って使わずに死ぬような間抜けにならなかったと思えば、良かったのではないでしょうか」
「確かに、な」
そうして青年は俺の無事を喜ぶ様子を見せながらも、ゆっくりと俺に近付き――
「やっぱり、そう来るよなぁ」
「あら? バレてしまったのね?」
「そりゃぁ、もう。バレないと思う方が不思議だね。彼とは話し方が全然違うよ」
「ふふ。この子とは、ちゃあんとお話をする時間が無かったの。仕方が無いわよね」
――その本性を現した。
「まったく。死体遊びとは、タチの悪い女だな」
「うふふ、ざぁんねん。この人はまだ生きているわ。死んじゃったら、人は体を動かせないのよ」
手にしたナイフを俺の腹に突き刺そうと、急激に距離を詰めてきた。
それを予測していたので、俺はあっさりと身を躱し、ナイフを避けてみせた。
残念ながら、春華の所にはワクチン・オークが足止めに入っており、こちらまで手が出せない。
ここは、俺がどうにかする必要がありそうだ。
「死臭がするんだよ! バレない方がおかしいさ!」
「あら? 臭いなんてしないわ。死んでないのは本当よ」
「召喚者が、召喚した奴の、状態を、理解できないとか、そんな訳あるか! この嘘吐き女!!」
「ほほほ。カードクリエイター相手って、面倒くさいのね。あの子たちとは大違いよ」
大勢をスタックしたカードの欠点は、個別に送還が出来ない事だ。
やるとしたら、カード単位で送還する必要がある。
よって、巫女に乗っ取られただろう仲間の死体のみをカードに戻すことができない。
そして全員カードに戻せば、夏鈴の側に悪影響が出てしまうだろう。つまり、それもできないのだ。
「死んだ誰かを使うのは、貴方の能力も同じでしょう? 殺して屈服させ、カードにして使役する。
ほぉら、なぁんにも変わらないじゃない。私たち、死体遊びを生業とするお友達じゃない」
「は! こっちはちゃんと、生きた仲間を連れているんでね! ババアの一人ママゴトと、一緒にするな!」
「あんまりオイタが過ぎるなら、殺すわよ?」
「殺すつもりなら、いつでも殺せるくせに、余裕をみせるから、要らない、苦労を、しているわけだ。年を取ると、動きが鈍くて、困るんじゃないか?」
巫女の攻撃は苛烈だ。
ナイフによる鋭い攻撃で、俺の体を徐々に削っていく。
もちろん手加減されての事だ。
年齢ネタで激高している振りをしているが、その実、この女は冷静である。実際は心が全く揺らいでいない。
俺が言葉を返せる程度に、安定した追い込みをかけている。
あと、姿がいつの間にか、元の巫女姿になっている。
そういう理屈化は知らないが、俺の切り札は不発に終わったようだ。
状況は、とんでもなく悪い。
「同じ事を、あと何回出来るのかしら?
難しいのよね? カードはそんなにたくさん使えないもの」
ニマニマと笑う巫女の顔は、醜悪だ。
人を甚振ることが楽しくて仕方が無いという、悪魔の笑顔である。
俺は絶望するよりも、そのムカつく顔に一撃入れてやりたいと思った。