2-23 脱走計画
あの二人がいなくなった後、俺は夜を待った。
そして脱出前に周囲の確認をしてみた。
森や山の中で狩りをしている俺の感覚は、町で生きている連中と比較して研ぎ澄まされており、鋭敏である。
ちょっと見えないところに隠れられたぐらいであれば、なんとなくいることが分かる。
これはたぶん、実際はカードを物質化するときの周辺把握能力の応用という気もする。
カードを使って「いしのなかにいる」は出来ないのだ。それをさせないためにも、なんとなく物質化するのに邪魔なものが無いか分かるんだけど、それが気配察知のように働くわけだよ。
「やっぱり、昼の件で警戒をするか」
意識を集中してみれば、周囲にはいつになく多くの人員が配置されているように思えた。
昼の話を聞いた俺が脱走するかもしれないと、拘置所の職員が警戒しているのだろう。当たり前と言えば当たり前の反応だ。
俺が相手を信用していないように、相手も俺の言葉を信用していない証拠である。
こういう態度をとられると、非常にやりやすい。
むしろ、これで脱走を警戒していないようであれば、脱走を取りやめ信用してもいいと考えていたぐらいだ。
とりあえず、嘘吐きにはふさわしい対応だと言っておこう。
俺は夜中や明朝の脱走を考えから捨てて、昼の逃走に意識を切り替えた。
夜討ち朝駆けという考え方があるが、相手が不意打ちを警戒している最中に挑んだところで意味が無い。
大事なのは、意表を突くことだ。相手が動きにくい時間を選べば良い。
普通なら夜や早朝は相手が寝ているから、対応能力が低くなり、攻めやすくなるとして選ばれた時間帯。
しかし昼間であったとしても、移動の直後で陣地を敷いている最中などであれば非常に脆い。
狙うべきは、そんな、相手が闘いから意識をずらしているタイミング。
夜間から朝にかけての警戒網は、言い換えればそのあとに警戒を薄くせざるを得ないという事。人手には限りがあるので、昼夜に分散させれば手薄な時間ができるのだ。
そしてここが町中であるなら、一般人を大きく巻き込んでしまえばさらに対応能力は低くなる。一般人に怪我をさせるつもりはないが、狼たちが走り回るだけで混乱を引き起こすことも容易である。
ゴブリンたちは確殺の手段としてすぐには使わないが、それだけでずいぶん逃げやすくなるだろう。
……猪をカード化しなかった事がここで悔やまれるが、いまさらそれを言っても仕方がない。手持ちの手札だけで乗り切るしかない。
一般人を巻き込み大騒ぎにするのであれば、多少派手な行動をとっても構わないだろうか?
いっそ、今いる部屋をカード化し、確保するという手段も取れないことは無い。
それを実行した場合、ほぼ24時間ぐらい魔力が使えなくなるのが分かるが、1日分であれば色々と我慢するだけでいい。
懸念はカード化の能力を知られることと、その間の食事に毒があっても分からなくなること。
カード化が完了した時点で部屋が消えてなくなるが、その間に毒などを仕込まれれば終わりだし、逃げる途中でカードを使う魔力も無くなってしまうので、やっぱり駄目か。止めておこう。
それよりもカード化を壁1枚程度に範囲を狭め、そこから脱出すればいいか。
その場合の必要魔力は手持ちだけで十分に足りるし、その後のカード使用にも制限がかからない。
基本はオーソドックス、安全策で構わないだろう。
奇策の類は相手の情報がある程度以上に揃っていないと不発に終わる。こちらの得意戦術を堅実にこなす方が成功しやすいはずだ。