25-23 ネズミ②
食事を終える前には、上谷の意識は完全に復活していた。
ただ、それを無視して食事を終えたし、こちらを睨む上谷に何か与えるといった事もしない。
現状は敵だし、食べ物で懐柔というなら、もう少し飢えさせた方がやり易いだろうからね。
相手が10歳児だろうと、そのあたりは手を抜かないよ。
無駄に仏心を出したりすると、俺の細首など掻き切られて死ぬからね。
魔法のある世界、相手がカードクリエイターだからではなく、そこはもう世界に関係ないただの事実だ。
現代日本だって、道具を使えば10歳児が大人を殺すぐらい、難しい事じゃないのだ。
「さて。まず、名前を教えてもらおうか」
「母さんを返せ!!」
話をするにも、いつまでもこちらが勝手につけた呼び名、上谷というのも面倒だ。
まずは名前を聞こうと思ったが、まったく関係ない返答が来た。
母さん?
あの、少女か?
腕が折れてまだ激痛が走っているだろうに、上谷は俺を殺さんばかりの気概で睨み付けている。
母さん、ね。
「母さんってのが誰の事かも知らない。知らんよ。
ああ、そういえば、保護を求められたから助けた女の子がいたな。名前は知らないけど」
ちらりとあの少女のカードを見ると、そこには名前が記載されていない。
彼女にはまだ名付けが必要と思っていないし、名乗られたわけではないので、そんなものだろう。
ただ、あの少女で間違いないか確認するため、少女のカードを上谷に見せる。
「母さん! 母さん! 母さん!!
くそ! なんで俺から母さんを取り上げるんだよ! ちゃんとやってるじゃないか!!」
「……いや、お前の所業を振り返るとな。その「母さん」を取り上げるどころか、殺されても文句は言えないぞ」
指示されたとかそういったのはあるだろうけど、大量殺人をした実行犯の扱いなど、ろくでもないに決まっている。
現代日本ならそれでも未成年者どころか13歳未満で無罪かもしれないけど、それでも扱いが悪くなるものだし、ネット上を通じて不特定多数に監視されている。酒〇薔薇とか、いまだにネット上で生活観察されてるぞ。
こっちだと、私刑を受けて殺される事の方が多いだろうね。社会的に殺すより、物理的に殺す方が手っ取り早いし、コストがかからない。殺人鬼のためにそこまでコストを支払いたくないのだ。
「くそっ! 覚えていろよ、お前! ぶっ飛ばしてやる!!」
どう考えてももう終わっていると言うのに、上谷はまだ先があるかのような反応をしている。
自分が助かると信じていて、希望を失っていない、訳ではない。
ただ、自分が破滅するという未来を想像できないだけ、だ。
この上谷は見た目も中身もまだ子供。
まだ矯正できると見るべきか、ここで見捨てるか。
見捨てた方が楽なんだけど。
って、ああ。
見捨てるもなにも、俺はまだ、拾ってもいないな。
拾うか拾わないか、だった。
拾うだけの価値、あるかな?