25-14 幕間:再戦⑨ 夏鈴による追撃戦
時は少し戻る。
夏鈴たちが上谷を捕らえた時のことだ。
逃げる上谷と、追う夏鈴。
船の速度差は歴然で、同じ型の船だというのに、夏鈴たちの乗るマストの折れた「武蔵」は上谷たちの乗る万全の「長門」を圧倒的な速度差で追い詰めていた。
1kmほどあった差が、10分と経たず詰められていく。
この速度差は、エンジンを使っているかいないかの差である。
しかし夏鈴は、船の上で相手の遅さを訝しんでいた。
なぜなら、船の速度が遅すぎたからだ。
「相手はこちらを迎え撃つようですね。
船は沈めても構いません! 攻撃を開始しなさい!!」
こちらの速度を考えれば、ガソリンエンジンを使っていることは容易に想像がつくだろう。
そしてその使い方が分からず、燃料の知識も無い娘では、考えて分かることではない。
だから使っている夏鈴たちの誰かを捕虜にして船を動かさせて、その知識を盗み出すという目論見であった。
また、創も試していないことなので夏鈴は確証を持てなかったが、創がカード化している鉄甲艦は、上谷にはカード化できなかった。
カード化された物は所有者に優先権があり、創がカード化を解除するまで、上谷は船に手を出せなかった。
上谷もこれは初めての経験だったので、何が起きているか分からず、混乱している。
この理解不能な状況を少しでも探る為、武蔵の乗員を確保したいと考えていたのだ。
艦隊戦というのは、大砲の撃ち合いから始まるものだ。
そして火薬が未発達で魔法のある世界の場合、魔法による攻撃がその代用となる。
夏鈴は、連れてきた魔術部隊に命じ、先制攻撃を仕掛ける。
カードに戻せば元通りなので、船が沈んだところで問題など無く、容赦の無い攻撃が始まった。
相手も弓兵隊を甲板に配置していたので矢を撃ち反撃しようとするが、武蔵側の魔法攻撃に飲まれ、あるいは射程が足りず届かない。
事前にこういった状況も想定していて訓練していた夏鈴たちの面目躍如である。
それに、だ。
夏鈴らの連れている兵士達は、一度、上谷に敗れた経験がある。
その悔しさ、恨みを込めているので、相手とは気迫が違った。
どこの誰かも分からない相手と戦っている上谷達と、明確な意趣返しを狙っている夏鈴たち。
心の持ち様の差は、実力以上に戦場の明暗を分ける。
甲板要員はなすすべ無く殺され、船倉から追加の人員も出てきたが、出てくる度に狙い撃ちされていく。
撃ち合いは夏鈴たちの圧勝であった。
その後、船を横付けし、夏鈴たちは乗り込んだ。
上谷には護衛もいたが、数が違う。追加を召喚しようにも、狭い船の中では思うように召喚もできない。
上谷は苦し紛れに魔法を使うが、それはカーバンクルに無効化され、不発に終わる。
彼女に打つ手は無く、吸魔晶石でできた鎖を掛けられ、魔力を奪われ、無力化された。
苦し紛れの行動に出た上谷は、事前準備の整った夏鈴たちに敵うこと無く、生きたまま捕縛されたのであった。