25-6 護衛用の訓練
おおよそ普通の人間にとって、その精神は最高の効率を出せるようにできていない。
人間の思考にはどうしても雑念が存在し、その分だけムラができる。
時にはそのムラが最高を超える効率を叩き出す事もあるが、基本的に雑念は雑念。平均的なパフォーマンスの低下を招くものである。
何が言いたいのかというと、最高の効率を求める訓練とは、最高に精神に負担のかかる訓練という事だ。
「人に最も嫌われる事は、常に正論を言う事だ」という格言に通ずる常識である。
「鬼……。鬼がいるわ」
「これが夏鈴様だ。受け入れるしか、ない」
「人の所業じゃないわよ、これ。効率が良ければいいってもんじゃないわよ」
「人ではなく、ゴブニュートですから」
「そういう事じゃないの!」
遠くから、夏鈴の洗礼を受けた春華が呪いの言葉を吐いているのが聞こえた。
そして最初から心が折れているというか、絶望も慣れれば日常と、受け入れた経験者と春華の不毛なやり取りがあった。
最初こそ夏鈴の事を「奥様」と呼んでいた春華だが、今では仲良くなったからか、フランクにお喋りをするようになっているようだ。俺とはまだ距離感があるんだけどね。
これが夏鈴による、護衛に対する訓練の結果である。
夏鈴は自身の能力をフルに使うと、それぞれに合った訓練メニューを用意することができるため、訓練生はゲームならHPは1になるまで訓練をする羽目になるのだ。
ありていに言えば、地獄の訓練である。
地面の色が変わるほど流れる汗を見れば、倒れた彼らがどれだけ頑張ったのか、それだけ疲れているのかがよく分かる。
俺は頑張っている彼らに、差し入れの一つでも持っていく事にした。
疲労困憊の彼らに近付けば、さすがに疲れていようがこちらの気配に気が付けるのか、春華らはすぐに立ち上がり姿勢を正した。そして一礼する。
「ご主人様。お見苦しい所をお見せしました」
「良いよ。みんなは疲れているんだから、楽にしてくれ。
これは差し入れだよ。体力回復効果のある飲み物だけど、甘い物は大丈夫かな?」
「ありがとうございます!」
どこかの会社で、食堂や休憩室に上司が来ると、ぴたりと会話が無くなり、誰も喋らなくなるという。
だからその上司は、普段は休憩室などに顔を出さないそうだ。
俺に対する春華の態度はそれと似たようなもので、俺が近くにいると仕事モードになり、気が抜けなくなるようだ。
これはちょっと、今後の対応を考えないと駄目かもな。
俺はそんな事を考えつつ、持ってきた飲み物を配る。
俺が持ってきたのは、甘いタンポポのカフェオレだ。
使うタンポポはちゃんとコーヒー味になるように調整しているし、オリジナルのコーヒーのように覚醒効果なども含まれる。
ミルクについては、最近は別件で生産したものを流用している。ちょっと生産量を増やし過ぎた気もするが、気にしない。
体力の回復効果については、甘い物、つまり糖分の摂取と、それを体が吸収しやすいようにする補助効果成分によるものだ。
魔法的なものではなく、普通の栄養摂取でしかない。
それでも、十分な効果はあると思うからね。いちいち魔法に頼る分野ではない。
「旦那様、ありがとうございます」
「いいよ。俺の出番はこれぐらいだからね」
普通、差し入れは夏鈴にも礼を言われ、悪い気はしない。
だが、回復した体力分だけ訓練が厳しくなってしまうため、むしろ悪い事をした気分になってしまう。
これから、また地獄に落ちる手伝いをしていると思うと胸が痛むが、俺のため、みんなには頑張ってもらおう。
感謝しているよ。無論、心から。