25-5 西も忘れていないけど
夏鈴の出産も終わったし、また北海道に行こうかどうかは迷っている。
元が自分の直感なのだし、心を落ち着けた状態で、もう一度行くかどうかを自分に聞いてみるけど……やっぱり、行った方が良いと思う訳だ。
「例の奴がいるかどうかは、あまり関係が無いのかも」
「そうですね。それと、そのカードクリエイターらしき人に名前が無いのは不便ですよね。何か、仮で呼び名を付けませんか?」
「仮の名前? じゃあ、上谷で」
「……では、それで」
北海道に上谷がいるかどうかは不明のため、夏鈴の審査は相変わらず厳しい。
リベンジに燃える軍のみんなは相変わらず頑張っているが、彼らの視点ではまだまだ連中の方が上という事なので、引き続き調練をしている。
新人も、ひたすら基礎から鍛えているけど、こちらが物になるのはもう少し先だろうか。
順調に戦力は強化されている。
ただ、相手に一日の長があれば、追いつくのも容易ではない。
相手は不意打ちのためとはいえ、常に召喚しっぱなしでは無さそうだから、頑張れば追いつけるだろうけどね。
追いつくために、追いつけると信じて、頑張るだけだ。……みんなが。
軍の調練を見ていると、夏鈴が咲耶を連れてやってきた。
「軍の方もいいですが、幽暗の大蛇の一件は、忘れていませんよね。あちらはどうするのですか?」
「封印術の研究は凛音とシーラーの錬たちに任せているだろう? 俺も少しは手を貸しているし、何もしていないわけでもないさ」
親子3人、血と汗の飛び散る訓練風景を見ながら、西の話題を口にする。
「おそらくも何も、北海道の一件と大蛇の件に関わりは無いと思います。
現状、そこまで余裕は無いんですよ。大蛇対策を優先した方が良くありませんか?」
「そうなんだけどな。こっちも、説明したくても、どうにも言語化が難しくて。急いでやらないと拙い事だけは分かっているような状態なんだよ」
北海道の件が直接俺の所に波及する可能性は、普通に考えたらゼロだ。
何かあったとしても何年も先の事だと思う。
それでもこちらを優先するのは、大蛇の件に焦りを感じないこと、北海道の件に焦りを感じていることの違いだ。
勘という不確かなもので判断するのは愚かだが、それでも俺は、自分の勘を信じる。
「旦那様の考えは分かりました。では、私もそれを全力で支援します」
「ああ。頼むよ」
夏鈴は自分の納得を横に置き、俺の手伝いを優先すると決めた。
そのため、現在、俺の護衛をしている面々を見回して言う。
「聞いての通りです。近いうちに旦那様は戦場に向かうでしょう。
貴方達は全力で護衛をするでしょうが、それでも足りません。護衛を増やし、訓練の時間を増やします。
異論はありますか?」
「イエス、マム!」
護衛にも厳しい訓練が課せられることが決まった。
彼らは俺が教えたネタを使いはっきりとした声で返事をしているが、春華以外はちょっと顔色が悪い。
ネタに走ったのは、心に無理矢理でもいいから余裕を作るためだろう。
新人で未経験の春華はまだ分かっていないが、夏鈴は容赦が無いから。知らないのが幸せだと良くわかる。
頑張れ。
骨は拾うから。