25-1 父親①
夏鈴が産気づいた。
「癒術部隊、配置に付きました」
「産婆、お連れしました」
「うん。なら、しばらく任せる。俺は少し寝ておくよ」
それも、夜中に。
寝ていた人員を起こし、事前に決めていた配置を行い、出産の為の準備を整える。
これから夏鈴は朝方まで出産の為に頑張ることになるが、俺の出番はまだまだ先だ。
薄情と思われるかもしれないが、やるべき事をする為には、自分のコンディションを整えておかねばならない。睡眠時間を削った状態でまともな対応ができないなど、あってはならないのだ。
初めての出産は長丁場になると言うし、選択を間違えてはいけないのである。
翌朝、起きて全部終わっていれば、それはそれは怒られることだろう。
今のところ夏鈴の出産はまだ終わっておらず、その可能性は無くなった。
ちゃんと寝たので、俺の体調も悪くない。
「私は家の外で待機しています。何かあったらお呼びください」
春華は、近くで護衛をするよりも、家に危険を近付けない事を最優先にするようだ。
夏鈴にストレスを与えないようにする為でもあるが、今は家の中にいる全員を守る為に動いており、大人数を守る時のセオリーとして、少し距離をとったところで敵の早期撃破を優先するらしい。
これは春華一人では無く、魔剣親衛隊も連れての作戦行動である。
出産時、夫の出番というのは、妻を励ますことだけだ。
専門的な知識があるならともかく、産婆の邪魔をしないことが一番の貢献とも言われる。
俺の場合、それに加えて各種回復魔法を準備している。
癒術部隊もいるが、俺だっていくつもの回復魔法を使えるのだから、俺がやっても構わないだろう。
子供の状態は悪くなく、夏鈴は自然分娩で出産できるそうだ。
これがもしも、逆子であったりヘソの緒が絡まっていたりすると、帝王切開、腹を切っての出産になるので難易度が上がったんだけど。そんな事にはならなかった。
回復魔法も、夏鈴の体力を回復させる為に使っているけど、それ以上の出番が無い。
それは俺の出番も無いという事だが、リスクのある出番より、リスクのない暇の方が良いに決まっている。
俺は夏鈴の手を取り、励ますだけで良かった。
出産には1日かかることも珍しくないと言う。
夏鈴の場合は16時間程度、みんなが寝静まる深夜から始まり、空が赤く染まる前、夕暮れになるかならないかという時間帯に終わった。
初産では、順調な方らしい。
夏鈴は出産後、疲れと睡眠不足でそのまま寝てしまった。
「母子、ともに無事です。立派な女の子ですよ」
オギャアと大きな声で泣く子供はまだ首が据わっていないので、抱きかかえるのも怖い。
産婆から渡された子供は、とても小さく、脆く、だけど生命力に満ちあふれていた。
この手の中にあるのは自分の子供だと、何故か実感できる。
言葉にできない、不思議な繋がりを感じるのだ。
それは俺とカードモンスターの間にあるものとは全く違うもので、それは目に見えない、だけどちゃんとある絆。
この日、俺は父親になった。