2-16 誘い出し
今の店主が前の店主から変わっていないか調べると言っても、さてどうしようという話。
それというのも、あの買取店はガラス窓が無く、中が見えないからだ。
これは今の文明レベルがそうだからだと思うけど、あの買取店に限らず大きな透明ガラスを使った店がまったく無い。
どこか、探せばあるかもしれないけど、俺がこれまで見た中には大きな透明ガラスなど一切無かった。
まだ、透明なガラス板を量産できる環境に無いのだろう。
そんな訳で、外から店を窺ってもあの店主の姿は見えたりしない。
そして貴金属を売りに行くような人は滅多にいないので、ドアはなかなか開かないという訳だ。だから店主の確認はできない。
自動車が走っているわけじゃないんだ。裏口からさっと帰られることは無い。今日が休みでなければ、あの店主が店に詰めているなら、張り付いていれば店主の姿を確認できるだろう。
だからこのままずっと店の前で張り付いていてもいいんだけど、それでは目立ってしまう。服は新しく買ったものだからすぐに気が付かれることは無いと思うけど、できれば別の方法を考えたい。
ただし周囲に聞き込みをするのは、この場合NGだ。
聞いた相手に俺の顔を覚えられちゃう可能性があるからね。そんなところで足取りを掴まれるようなヘマはしないよ。
あの精肉店に顔を出すぐらいならそんなに目立たないだろうけど、聞き込みはさすがに良くないよ。与える印象が怪しすぎる。
今回は、手っ取り早く、強硬策を採ることにした。
『煙幕玉』を使うか。
ゴブリンの巣穴を煙攻めするかのように、あの買取店を煙攻めにして巣穴から叩き出すのだ――って、いけないって。
こういう手段は、あの強欲店主相手ならともかく、その他の人にやったらダメだ。
行動の合否、その線引きの上でアウトである。
俺は短絡的になりがちな思考を、頭を振って追い出す。
他に良さげな手段は何かないか。
穴蔵に隠れるネズミを追い出すのではなく、ドングリに釣られる猪のように餌で引っ張りだす事はできないのか?
手持ちに宝石系のカードはいくつもある。
『水晶原石』が『魔晶石』などの材料になるので、いろいろと試してみた残りがある。
魅力的に見える物なら確かにここにあるのだが……これをどう使えば、店の中にいる店主を引っ張り出せるというのか。
他にも、料理の美味そうな匂いで、などとは言わない。
あの店主は太り脂ぎっていたが、さすがに美味そうな匂い、例えば鰻の匂いなどがしたところで出てくるはずが無いだろう。
飽食キャラだけに、ちょっとやそっとの匂いでは釣れないだろう。
女で釣ると言うなら、そんな伝手があるなら店の中に送り込むよ。
だれか借りれる人の手は……考えるまでもなく、無い。
信用できる、借りれる手があるなら苦労はしない。
途中で考えるのが嫌になった俺は、意味もなく銀貨を1枚取り出すと、あの強欲店主のいる買取店のドアめがけて投げつけてみた。
特に意味のある行動ではなかった。
銀貨がドアに当たり、硬質な、甲高い音をあたりに響かせる。
すると。
「いま、銀貨が落ちた音がしたぞ! どこだ!?」
あの強欲店主がドアを勢いよく開け、地面を探し回る。
そして俺の投げた銀貨を拾うと、嬉しそうに店の中へと戻っていった。
「なんじゃそりゃあ!!」
あの店主に気が付かれる事無く、その場に立ち尽くしていた俺。
あまりに酷い話に、俺は思わず叫んでしまうのであった。