23-2 甲鉄艦②
中陸奥の国における黒岩の里は、少々ではなくかなり特殊な場所だ。
中央、中陸奥の国の議会の制御を受けず、俺の側に主権がある、そんな場所なのだ。
しかし、黒岩の里に対し直接何かできずとも、干渉する事は難しくない。
例えば、黒岩の里からそこまで離れていない場所に町を作る、とか。そういった、間接的な干渉をやってはいけないなどという約束はしていない。
こういった時に持ち出されるのは言葉にされない常識の範囲であり、相手側の誠意に委ねる部分が大きいのである。
何でもかんでも契約書によりきっちり物事を決めたがる欧米人と違い、曖昧で玉虫色な約束事を好む日本人気質は、こういう時に面倒事を引き起こす。
ガチガチに決めると「里から~~㎞離れていればいいのだろう? ここは~~㎞と1mの場所である!」と屁理屈のような行為を認めないと駄目だからね。曖昧な方が、こちらとしてはやり易くある。
相手が変な事を言いだせば、こちらも相応の手段が取れるという訳だ。
日本人は、そういう曖昧な部分を上手く潤滑油として使う民族なのだ。
……外国人が相手だと、通用しない場面も多いけどね。
また3日かけて仙台市にやって来た。
やってきて早々であったが、運よくアポが取れたので、議員に接触してみる。
「いえ、無理を言うつもりはありませんよ。ただ、ご協力やこちらの裁量権の拡大など、許可を頂けるようでしたら助かるという話です。
ははは。これは不思議なことを仰る。創様に無茶を押し通そうものなら、せっかくの魔法教室の規模が縮小するではないですか。
ええ、勿論気が付いていましたとも。こちらに魔法を教えるとは約束していますが、その規模については一切触れられておりませんでしたからな!」
議会議員と接触し、黒岩の里の話を振ってみると、朗らかに「無理を通す気は無い」と笑って返された。
お願いはするが、それはあくまでもお願い。
命令でもなんでもないし、無理を通してまで何かするつもりは無いと断言された。
それに加え、契約書の中にいくつか曖昧な項目があり、もしも議会が無理を言って来たら、俺が手を引かずとも最小限の対応に切り替える事などお見通しだと言われてしまった。
相手は海千山千の政治家であり、こちらの意図など簡単に読まれている。
お願いするだけならタダなので、政治家らしくない手法ではあったが、俺が政治家ではないので、こちらの立場に合わせストレートな質問をしてきただけというのが真相のようだ。
「えーと。恐縮です」
「構いませんよ。創様とは今後も長く、長く仲良くしていきたいものですからね。中陸奥の議員一同、そこは誰も違わないと思いますよ」
ここには、言葉の戦闘をするつもりで臨んできた。
それが、ただの空振りに終わる。
毒気を抜かれた俺はたぶん変な顔をしていて、その表情を取り繕う事もできず、とりあえずで頭を下げた。
で、議員一同、末永く俺と仲良くしたいと言うけど、本当なのかね?
半信半疑といった状態である。
アレかな?
俺は金の卵を産む鶏のようなもので、卵を産むうちは仲良くしようとか、そういう事かな?
まずは手間をかけず安定した利益を確保し、隙あらばより多くの利益を掻っ攫う、とか。
……心から信用できるわけではないけど、まぁ、付き合いやすいというのは良い事だよね。
喧嘩などしないで済むなら、その方が良い。こちらから事を荒立てるつもりは無いのだし、もう少しだけ踏み込んでみるかな?
「黒岩の里はそのままにしておいてもらいたいですが、そちらの事情は全く理解できないわけでもありません。
試験的に作られた船をこれから量産するにあたり、鉄の増産が必要なのですよね?
一応確認したいのですが、石炭をコークスにして、反射炉で製鉄を行うという話はどうなったのですか? 北海道の方には、石炭の買い付けをしに行ったようなものだと聞いた事がありますけど」
「いえいえ。反射炉は、廃炉にしようと思っていますよ。
魔法を用いた新しい炉。そちらを製鉄の主力にすべく、現在は動いております。
あと、北海道には別の目的で船を出しております。詳しくはお話しできませんが、石炭の買い付けはついでですね」
お?
ちょっと、思っていたのとは違う。
反射炉は廃炉にするの?
魔法の炉を主力に切り替えって、気が早くないか?
北海道にはどうして行くんだ?
俺の頭の中に疑問符が飛び交う。
いかんな。物理的な距離が遠かったせいか、情報が古い。
せっかくの現地入りなので、本気で情報収集しないといけないな。