20-26 幕間:斎藤、一人戦う
美濃の国の国主、斎藤。
彼は一人、書類の山に埋もれていた。
「なんだって私がこんな目に……」
普段であれば手伝ってくれるはずの浅野はおらず、彼女は無理な出兵の対価として、ゴブニュート村に引き抜かれてしまった。
他にも手伝いをしてくれそうな者がいてもいいのだが、しかし、そんな手伝いをしてくれるはずの彼らも“美肌鶏”なるものの話し合いの為に多忙であり、斎藤に手を貸す余裕がない。
よって、彼は一人で書類に立ち向かわねばならなかった。
彼が誘拐されていた期間は、おおよそ2ヶ月である。
その間になぜか岐阜市はゴブニュート村、彼が取り込みたいと考えていた創の拠点に戦争を仕掛けており、被害が出ないぐらいあっさり負けはしたものの、事後処理がとんでもない事になっていた。
そしてこれまで目立たなかった美肌鶏が起点となった一大ムーブメントにより岐阜市どころか美濃の国全体が大混乱。
予想外のイベント過多であり、すでに状況は斎藤の処理能力を超えていた。
これで、彼が誘拐・拉致された先で虐待されていれば、まだ周囲の助けもあっただろう。
しかし斎藤は監禁先で食事に困らず、敵は暇と不安の二つだけという生活を送っていた。
そのため長期休暇をとったようなものと認識されてしまい、誰からも容赦なく仕事が割り振られていた。
この場合、本人に非は無いが、周りが斎藤不在で大変だった時にそんな生活をしていたのだから、余計に助けてもらえない条件が揃ってしまったのだ。
「みなさんは今頃、創さんと美味しいものを食べているんでしょうね……」
斎藤は、監禁先でまともな食事を出されていた。
しかしメニューはいつも同じで、そこは大いに不満であった。
食べねば体を維持できず、いざという時に動けなくなるから、三食きちんと食べてはいた。
だが、出来れば肉とか、もっと別のものを食べたかったという思いがある。
現在、岐阜市で騒がれている美肌鶏は美容効果が注目されているが、味の方もかなり良いと言われていて、斎藤も一度食べてみたいと心から嘆いていた。
悲しい事に、斎藤は創に避けられているため、彼が美肌鶏を食べるのはずいぶん先になるだろう。
肝心要の創という伝手は手持ちに無く、品薄が続いている商品だけに、他の伝手やコネをもってしても簡単に手に入らないのだ。
興味だけが先行した、生殺し状態である。
「それにしても、一体だれが、なぜこんな事をしたんでしょうね?」
自分の中にある不平不満を誤魔化すべく、斎藤は今回の事件の流れから、犯人と、その動機を考察する。
今回の件で、創は色々と利益を上げている。
しかし創の性格からいえば、それらの利益は不要な物であり、価値はかなり低い。
彼の一番の利益は浅野と桜井の二人である。
そして村の公開を始め、デメリットの方がかなり大きい。
創を犯人とするにしては行動にお粗末な部分が多く、斎藤は創をシロと断定した。
浅野・桜井は若返りというありえない奇跡を手に入れたが、これは偶然の要素が強く、政治的な失脚と併せれば彼女らも犯人たり得ない。
創からは、彼女らがモンスターに操られていたという話を聞いているので、そもそも犯人と考える理由は無かった。
その他の評議員も特に何か利益を得たという者はおらず、内部犯の可能性は考えなくてもよい。
他国にしてみても、再三の警告を出していたのに戦争を止められず、面子を潰された形になるので、不利益を被ったというだけだ。
人間的な損得や利益不利益を考えた所で、背後にいるモンスター、Nと呼ばれる男の影にはたどり着けない。
斎藤はそのように考え、思考を切り替える。
「浅野さんは、『幽暗の大蛇の血玉』と言っていましたね」
その名前を持つモンスターが日本の何処かに居て、暗躍している。
美濃の国の歴史にそのようなモンスターがいたという記録は無いので、他国に潜んでいると考えて良さそうである。
「他国に使者を送り、記録を探すべきですね」
モンスターに関する情報は、どこの国でもしっかりと記録し、保管している。
斎藤はそこに希望を求め、動き出すのだった。
「斎藤様、こちらの申請書にサインをお願いします」
……その前に、書類との戦いが待っていたが。