20-15 敵制圧
野営陣地における指揮官用のテントは、そこそこ目立つように作られる。
これは「ここに指揮官がいるぞ」と、敵味方に周知する狙いがあるからだ。
戦闘が始まってしまえば、兵士たちは指揮官より指示を仰ぐためにテントに出入りするのだが、他と同じでは間違ったテントに行ってしまう。
あと、指揮官が普通のテントを使っては「指揮官相手にまともなテントも用意できない」と敵に嗤われる。
他にも、指揮官に良いテントを使う事で「俺もいつかあの立場に」と下の者を奮起させる狙いもある。
敵に狙い撃ちされるんじゃないかという話もあるが、そんな事をされる段階で終わっているという見方をする方が主流である。
例えば超長距離、1㎞先からのピンポイント攻撃とかが頻繁に行われるならともかく、現在主流の戦い方では300m先を攻撃できるだけで凄いと言われるレベルなので、目立つ方が優先されるのだ。
「どーも、指揮官さん。創です」
「君が創か。聞いてはいたが、本当に若いな」
指揮官用のテントを見付けた俺は、中に入り込んで寝たふりをする指揮官さんに声をかけた。
指揮官さんはベッドで横になっていたが、俺が声をかけるとすぐに起き上がった。
近くには軍刀が置かれていたが、帯剣はせず、軍服の上だけを羽織り、丸腰のまま近くにあった椅子に座った。
この人は40歳ぐらいで、頭に白いものが混じっているが髪はまだまだ黒く、巌のような体躯の男性である。
「岐阜軍の大将に任じられた、桜井だ。将軍の地位に任じられている」
「君も座りたまえ」と、命令する事に慣れた口調で桜井大将は俺にも椅子を進めてきた。
あまり長話をする気は無かったので座る意味はあまりないのだが、相手の気遣いを無駄にすることはないと思い、素直に椅子に腰かけた。
まぁ、椅子に仕掛けが無い事は事前に確認してあるけどね。
「時間をあまりかけるものでもない。本題に入ろう。
夜襲に対して警戒を疎かにしたつもりのない我々だが、食事に薬を混入され、動きが鈍くなったところで指揮官である私や主要な者が捕らえられ、無駄に命を散らす場面ではないと、降伏を宣言する。
ある程度の被害、この場合は捕縛された尉官の数か。尉官5人のうち、3人の捕縛を確認次第、正式に降伏を宣言するとしよう。
君はここにいるのだが、仲間が動いているのだな?」
「ええ、すでに終わったようですよ」
遠くでは、ちょっとした悲鳴が聞こえてくる。
歩哨の人たちは見て見ぬふりをした、大狼たち。
彼らは一瞬、視界の外を通り過ぎただけだから反応が弱かったが、灯りのある野営陣地で人に合わせゆっくり歩かれては、見た人は悲鳴ぐらい上げる。
体高2m級の狼など、ただの人間が敵う相手じゃないからしょうがないよね。鍛えられた兵士であっても、そうそう戦える相手ではないし。
で、その悲鳴の出所がこちらに向かっているのなら、それはもう作業が終了したという事だろう。
ある程度声が近づくと、テント越しでもよく聞こえる声が俺に届いた。
「創様。部隊指揮官5名の捕縛、完了しました」
魔剣部隊はきっちり仕事をしてくれたようだ。
残りは俺の仕事だろうね。