20-10 幕間:会談の裏話(岐)
「まったく。損な役回りですね」
創との話し合いが終わった後。
自分の部屋に戻った浅野は先ほどまで行われていた話し合いの結果を回想し、ベッドに倒れ込んだ。
「本気で無法を働くような人には見えませんでした。色々と言っていましたが、“こちらがきちんと対策をとれば”ああいった事はしてこないでしょう」
浅野は、数年前に数度話しただけの創をちゃんと覚えていた。
大垣市の金野ともめた事、その後、脱走をした事も含めて、印象深かったので全部覚えている。
当時は何も知らない子供に見えたため、保護の対象だと思っていた。
捕まった後に脱走したことから能力はあったのだろうが、それでも世間を知らない子供としか思えなかったのだ。
だが、数年ぶりに会った創は自分と正面からやり合うような人間に成長していた。
周囲に良い大人もいるようだった事もあり、浅野が面倒を見たくなるような子供とはもう言えないだろうと、彼女は苦笑した。
それは、それだけ自分が年を取ったという証明でもあったからだ。
まだまだ現役と、気持ちだけは若いつもりでいたが、そんな事は無い。
しばらくすれば“おばあちゃん”になるのだし、いつまでも若い気分でいない方が良さそうだと自分を戒める。
「戦争は不可避。私の号令で始めなくてはいけない。
そうでなくては、岐阜市が消える」
浅野をはじめとする評議会が創の村に対し戦争を仕掛けるのは、そうするように脅されたからだ。
浅野本人は、創の村の自治ぐらい認めても構わないと思っていた。
対外的には美濃の国に所属してもらい、周囲への対面だけ保てれば、そこまで大きな問題でもなかったのだ。
そして人の交流を始め、徐々に取り込んでいき、他の村などと同じように扱うか、それとも新しい市としてしまえばいい。
戦争などしなくてもいい。
いや、戦争などしない方が幅広い選択肢があったと、そう考えている。
浅野たち評議会は、戦争などしたくはなかった。
市民の不満が高まっているし、兵士たちも不満を隠せないでいる。
評議会の決定に、表向き従っているだけと言える。
裏を返せば、まともな戦争になるかも分からない。
創が岐阜市に直接仕掛けてきてどうこうという話ではなく、兵士が戦争をボイコットするかもしれないという意味で、そんな危惧をしているのだ。
それでも命令しなければいけない浅野は、創よりも自領、岐阜市の内部事情を考えて泣きそうになる。
「大丈夫。出撃さえしてくれれば、それで指示された事は終わり。
国主の斎藤も戻ってくるし、私の発言に違和感があると周りは気が付いてくれたはずだから外の助けだって来る。
岐阜市は終わらない、消えない。巻き返しは可能」
評議会の全員が、とある存在に脅されている。
そして、命じられた役割を果たさないといけない。
逆らった場合、岐阜市に暴虐の嵐が吹き荒れる。
人が敵う事など無いと思わせた、あの絶対的な存在を敵に回してはいけない。
敵対すれば、宣告された通り、岐阜市が消える。
心の底にまで刻み込まれた恐怖で、浅野の体が小刻みに震えた。
震えた浅野の胸元には、何かを差し込まれたような、小さな傷痕があった。