20-5 岐阜市との交渉⑤
「脅しとは、品の無い手を使いますね」
顔色を悪くしながらも、浅野さんは毅然と俺に切り返した。
「脅し? いいえ、ただの宣言ですよ。
こちらを殺そうと刃を向けることにしか意識を割かない野蛮人相手とはいえ、人口の差が歴然としているならば非正規戦になるのは当たり前。誰でも思い付く常識の範囲ですよ。
身内の意見も聞かない石頭を割る為とはいえ、多少マイルドに、エグい手段は言わずに済ませていますし」
ちなみに。
本当に戦争になったら浅野さんの娘夫婦を拉致する計画もあるよ。
評議員の家族、特に子供や孫などは早い段階でまとめて確保し、処理するという選択肢も考えている。
処理と行ってもカード化だけどね。
殺すよりもそっちの方がエグいことが出来るからね。
浅野さんは俺の言う「非正規戦」の意味を正しく理解し、苦い顔をする。
周辺地形を利用した遅滞戦術で村を守りつつ、岐阜市そのものへの攻撃をすると俺は言った。
それをされた時、民衆はそれでも浅野さんら評議会に従うだろうか?
民衆に噂を流し兵士を退かせれば攻撃されなくなると知らせれば、サクラを使ってこちらから誘導しなくても暴動の一つや二つは起こせるだろう。
「岐阜市に毒を使うといいましたが、そこまで大きな影響を出す毒を用意できると言われ、それを信じるとでも?」
「人間の糞尿は、未処理で放置すると土壌を汚染するのは知っていますか? ちゃんと処理すれば肥料になりますけど、集めてそのままは危険なんです」
「な――!?」
「古来より使われていた、入手が最も簡単な病毒ですよ」
そんなものが井戸に放り込まれたら、その井戸が使えるようになるまでどれだけかかるだろうね?
あと、どの井戸に放り込まれたかって話は、ちゃんと正確に伝わるのかな?
全ての井戸に放り込まれた“かもしれない”のに、井戸水を飲めるかな?
かなり現実的な手段を提示したことで、浅野さんの動きが止まった。
確かに実行可能で、病毒としては即効性こそ無いものの、やられたと喧伝されたらどうなるかは火を見るより明らか。
岐阜は川と水の国だが、井戸の利用率も高いんだよね。
「ま、兵士が出撃された後の話は横に置きましょう。そちらは出撃を取り止めず、多くの井戸には糞尿が放り込まれる。民家は放火され、多くの民衆が家を失う。そんな結論は出たわけですから。
それよりも、次の話をしましょうよ」
独立を続けるのは認めない。だから戦争する。
岐阜市が退かない以上、これ以上は時間の無駄と、戦争の話を切って捨てる。
浅野さんが再起動する前に話題を移そう。
ここからは、本題その2だ。
「行方不明になった国主、斉藤さんの話をしましょう。
お互い、彼の行方を知らないわけです。こちらの方が持っている情報が少ないでしょうが、どんな形でもいいから早く見付けるため、出来る範囲で協力をしましょう」
戦争はするけど、斉藤の捜索は別件扱い。
敵対したからといって一から百まで敵対するわけでもない。
大垣市とは不戦協定を先に結んだし、尾張や三河に伝手もある。
外交ルートは確保されているので、協力し合った方が都合が良い部分はそうするべきだろう。
敵だからといって、相手の全てを否定しているわけじゃないと、割り切りも大切だよ。
今回だと、独立に絡む部分を完全否定というだけだからね。恨み辛みで他まで否定することはない。
さあ、浅野さんは大人の対応を出来るかな?