19-11 堀井組②
「いやぁ、昨晩はお楽しみでしたね」
朝起きると身を清め、離れから顔を出せば、清掃のおばちゃんにそんな事を言われた。
これがあるから、家以外ではシたくなかったんだよ。
死にたい。
「大丈夫。誰でもヤってる事じゃないっすか。
聞いていたとかじゃなくて、二人で同じ部屋に泊ったから、ああ言っただけっすよ」
朝から暗い顔をしていると、若いのの一人から飯時にそう言って励まされた。
ああ。聞いていたとかではなく、状況証拠とこちらの反応で判断したわけか。朝っぱらから髪が少し濡れていれば、何をして汚れて洗う必要があった、そんな話になる訳か。
俺には露出趣味は無く、そう言う事はあまり口にしたくない。
エロネタでからかわれるのも、あまり好きではないのだ。
その事ははっきりと伝えておく。
堀井組の朝食は、時間が合うものが全員一緒に食うのが慣例で、これは食事中の雑談で組員同士の仲を深めろという意図がある。
なので、席に関しては指定が入る。渡された飯と一緒に札を渡され、「ここに座れ」という指示が出る。
俺と夏鈴は客人だけにワンセット扱いであるが、そうやって多くの人との交流を持たせるのだ。
で、俺とそう年の離れていない男に、俺は慰められていた。
三河の国でも海に面した街に堀井組の本拠はあるので、出された飯には魚が付くのが当たり前。
肉体労働を意識してか、普段から塩分の濃い食事となる。で、米の量が多いのも炭水化物が体を動かすエネルギーだからだろうね。
肉体労働から離れたら、一瞬で太って高血圧になりそうな話である。
「まぁ、でも、早く子供が欲しいと思うのは、新妻なら当たり前だろ。
姑から「子供はまだか」って言われるのは辛いだろうし。嫁は子供ができて半人前、子供ができるまでは身内じゃないって田舎は多いからな」
「聞いた事はありますけどね。ウチはそうじゃないですよ」
「そいつは男の事情だろう? 女の間じゃ、そんなもんですよ。
子供ができるまでは石女扱いで出来損ないって陰口叩くの、聞いた事がありやせんか?」
俺たちの会話を皮切りに、周囲が色々と話を振ってくる。
こちらが見知らぬ誰かであろうと、こうやって身内として気軽に話しかけるのが彼らの日常なのだ。
普段からそうしていれば、人は慣れる生き物なのである。相手側も慣れているし、全員ではないが、ほとんどの人が出来るようになれる。
「家を残すためだし、しゃあない事ではありやすけどね。何もそこまで言わんでも、もう少し待てよとは思うっすよね。男側として見れば」
「俺も、新婚時代はよく言われたからな。半年も子供ができなければ「新しい嫁に替えたらどうだ?」って言われるぞ」
「上の世代にしたら、それが親切なんだろうけど。好き合って結婚した二人にゃぁ、言わんで欲しいっすね」
男が圧倒的に多いため、会話は男目線の飾らない会話となる。
朝飯時は上司も部下も関係ないというのが彼らの流儀らしく、世代を超えての愚痴の言い合い。
子供ができる・できないはどこでも問題になるようだ。
時々夏鈴が無言で首を縦に振っているが、そちらは気にしないでおく。
多少の協力はするけど、俺はできるだけ俺のペースで生きていきたいんだよ。
こうしてみると、食卓には笑顔が多い。
村でも、もっとみんなと話をした方が良いのかな?
俺はわりと、静かに飯を食う方だからな。