18-25 黒岩の里、鍛冶師二人
鍛冶師のドワーフ、加藤と月見里。
二人は鍛冶仕事の為に黒岩の里へとやって来た。
彼らは仙台市にある鍛冶工房のうち、二番と三番の工房長でもある。
この二番と三番というのは腕前の差であり、能力に応じたグループわけだ。二番工房の加藤と比較し、三番工房の月見里は一段腕が劣るという事だった。
当たり前だが、彼らの上には一番の連中がいて、そんな一番工房の連中こそが本来優遇されるべき立場にいたのだが。
「創の小僧には感謝だな」
「ああ。あの小僧の口利きが無ければここも一番の連中が押さえて終わりだった」
黒岩の里は、創にいくつかの優先権がある。
創はその権利を使い、加藤と月見里を優遇すると決めたのだ。
二人はそんな創に対し、心から感謝をしている。
「ま、ワシら鍛冶師のやる事は一つだがな」
「うむ。鉄と向き合い、語り合う。それ以外に何をするものか」
口はあまり良くないが、鍛冶に手を出したドワーフとしては穏当で常識人。
それがこの二人だ。
二人は鍛冶の腕ではなく、どちらかといえば人格で工房長に選ばれている。
工房を取り仕切るにあたって、鍛冶の腕など関係ないからだ。
それに、腕の良い鍛冶師が上に行くというのであれば、一番工房の連中が彼らの事も雑用程度に扱っていただろう。
鍛冶の腕で負けている事は悔しくも納得するが、だからと言って唯々諾々と従うほど、従順な性格をしていなかったのである。
「仕事上がりの一杯は格別だな!」
「おお! このために、ワシらは生きている!!」
二人は仕事場に向かうと、さっそく鎚を振るってきた。そうして、鍛冶を終えると風呂場で冷えた酒を呷っているのだ。
彼らは仕事上がりと言っているが、彼らがやっていたのは仕事ではない。趣味の範疇である。
仕事もしたが、この二人はそれ以上に「潤沢にある鉄で、作りたいと思ったものを作る」という仕事と遊びの中間のような事をやっていただけである。
黒岩の里にはすでに同じ工房の仲間が詰めており、彼らが好き勝手に鍛冶をする場所となっている。
ノルマ、作らなければいけない物を早々に作り終えればあとは自由。
普通の鍛冶師が気にしなければいけない事、材料の鉄のインゴットや炉の燃料事情は一切考慮しなくても良い。
鍛冶が好きで鍛冶師をしている者にとっては天国のような環境だ。
その様な環境だったため、二人もずいぶん好き放題してきた。
ここまで我慢が多かった分、溜め込んだものを一気に吐き出した。
できた物は製品として売りに出せるものばかりなので、対外的には問題無いのだが……仙台市の居残り組が呪詛を吐くことは間違いない。
好きに鍛冶ができる環境は、今の彼らが望んで止まないものだからである。
「帰りたくねぇなぁ」
「おお。むしろ、こっちに全員引っ越してしまえと思うわ」
「流石にそれは、許可が下りねぇよなぁ」
「残念じゃな」
ドワーフは体質的なもので、酒に深く酔えない。
だが、酒による良い効果はしっかりとあるので、ドワーフはみな酒を好む。
……などと言う話は無い。
単純に、地獄のような暑さの部屋で仕事を終えた後は、冷えた酒が天上の甘露に思えるというだけだ。
酒の好き好きは個人の嗜好である。
二人は美味そうにゆっくりと味わって酒を飲むと、この『休暇』がすぐに終わってしまう事を心から惜しんだ。
「また、工房に戻ってクソつまらん書類と戦わねばならんのか」
「鍛冶師にそんな事をやらせる連中の頭はおかしい。専門の者を一人付ければそれでいいだろうに」
工房長の仕事は、鍛冶仕事ではない。
工房の運営のようなものだ。
外部とのやり取りはちゃんと専属の担当官が居るが、工房内部の取り仕切りは同じドワーフにしかできず、二人はそんな仕事を心から嫌がっていた。
ずっとここで鍛冶をしていたいと思うほど、鍛冶が好きなのだ。鍛冶こそが彼らの人生なのだ。
「仕方あるまい」
「悲しきは宮仕えだな」
楽しい時間はあっという間に終わる。
鍛冶師の二人は、工房に戻り次の者を『休暇』に送り出すのだった。