18-23 幕裏:邂逅に向けて
村河は、この世界に来た当初からクロの手により酷い目に遭ってきた。
それは親しい人の死であり、裏切りであり、数多の絶望だ。
そこまで大きな力を持たない村河は、自分の命を守るだけで精いっぱいであった。
それが紆余曲折を経て国主に収まったのは、ただの巡り合わせにすぎない。
国難の時に動けるのが村河だけだった、本当にそれだけなのである。
最初は自身に降りかかる火の粉を払うように、がむしゃらに戦ってきた。
そうやって幾度もクロに抗っていくうちに、自分の不幸には裏で糸を引く者がいる事に気が付いた。
邪悪な存在、それを祀る狂信者ども。
それが自分の敵だと理解した。
あとは、仲間を増やし力を蓄え、その首を取るために動いていた。
斎藤とも、その過程で手を組んでいる。
他にも似たような境遇の者を探し当てる事もあったが、立場が邪魔をして会えない事ばかりで、そのほとんどが手遅れになる。
クロの魔の手から逃れるには、経験不足の若いうちが最も難しい。
創の情報を手に入れた時は、ようやく近所で、会って話を出来そうな仲間がいたと喜んだものだ。
……斎藤の暴走により、それが先延ばしにされてしまったが。
斎藤の言いたい事も分かるのだ。
若いうちは極端から極端に走る者も大勢いて、創もその例に漏れないと。
だから一度仲違いと仲直りを経験させ、中庸を選択できるように仕向けたのだと。
そうする事で縁はより切りにくくなる。
一度も喧嘩をしたことが無い関係というのは、見た目はよくとも中身がスカスカ。意見がぶつかり合っても心は分かり合えるような、そんな関係こそ最善なのだ。
実際に斎藤の計画はすべて上手くいっている。
怒るべきではないかもしれないが、結果論に頼っていては話にならない。
村河としては、締めるべきところはきちんと締めて、ダメな所は叱っている。
創の件は、下手に利用したり都合の良い駒扱いすると、確実に手をすり抜けていく点だろう。
結婚という大きなイベントが都合よくあったから良かったものの、そうでなければズルズルと仲違いが長引き、美濃の国、曳いては尾張の国と距離を取った可能性があった。
それこそ、運悪く馬鹿な奴らが創の目の前で馬鹿なことをしでかしていれば。
上手くいったのは、幸運に支えられての話なのだ。
村河はこれまでに聞いて得た情報と自身の気質に照らし合わせ、創の性格をほぼ見抜いている。
安全重視。つまり、権力者の駒にはなりたくない。
そういう人間だと判断している。
だから、村河は別のアプローチを仕掛けることにした。
「そちらの準備はどうだ?」
「ま、指示さえありゃぁ、いつでも行けるぜ」
村河が動かすのは、堀井組。
三河の国に本拠を置く、モヒカンによる自治組織だ。
村河は三河と対立する尾張の国主だが、細かい話をすれば対立していたのが前国主であり、その前国主を追い落として国主となった村河の評価は三河でも低くない。
また、尾張と三河の戦争では、三河に対し友好的な態度を取りつつ、停戦に合意させた実績がある。
国はともかく、村河個人は三河との繋がりが強い。
村河はそこに本拠を置く堀井組と長年裏で繋がっていたので、戦争で常に優位に動けたのだ。三河の国の「勝たれても構わない戦場」で戦い続けるという方法で。
全体では尾張を敗戦に追い込みつつ、自分はしっかりと勝利して周囲の信頼を得る。
マッチポンプのようなやり口だが、戦争そのものは本気の殺し合いであったので、ちゃんと命はかけていた。
戦争で成功したのは情報だけが要因ではない。他の努力も重ね、いざという時に大きく賭けに出る事ができたからこそである。
村河はこの結果を、人との繋がりを重視してきた事によるものだと考えている。
人脈を作り、確かな関係を作れば、人は個人の限界を超え強くなれる。
だからこそ、村河は新たな力を手に入れるべく、人を動かすのだった。