18-22 幕裏:国主二人
「なるほど。名古屋市にも“クロ”が潜んでいましたか」
「万単位の人口を抱えれば、仕方がないと言うべきだろう。むしろ、見付かったのは僥倖と捉えるべきだ」
某日某所。
人の気配が少ないとある建物の中で二人の男たちが向かい合っていた。
一人は尾張の国主、村河。
一人は美濃の国主、斎藤。
東海における主要国家の国主らは、一つの組織、その組織に崇められる存在の話をしていた。
それは“クロ”、クトゥルフ神話になぞらえてニャルラトホテプとも呼ばれる者の話である。
「あの、人をエキストラ扱いした忌々しい奴を殺す算段は見付かりましたか?」
「それを簡単に“できる”と言えるのであれば、この100年、奴の暗躍を許しはしなかった。不愉快な話だがな」
やや丁寧にしゃべる斎藤に対し、村河のぞんざいな態度。
これが二人の関係性を表している。
尾張の国は、最近政変があったばかりだ。
村河は簒奪者としてそんな尾張の国主となった訳だから、正当な手順で美濃の国の国主となった斎藤の方が、本来であれば立場は上だ。
だが、斎藤はとある一点を理由に、村河を上位者として認めている。
それは。
「聞き出せた情報は断片的。確実性も無い、おとぎ話のように荒唐無稽な能力の持ち主としか言えんのは業腹だな。
まったく。不老不死に空間転移能力。どちらか片方だけでも頭が痛いというのに。そこに狂信者が加わればどこまでのことができる事やら」
「美濃の国はその狂信者で手一杯と言うのが情けないですね。岐阜市にいた暗殺者の頭領は消えましたが、残党はまだまだ。こちらの追跡を進めていますが、根切りするには情報不足。歯痒いですね」
この、“クロ”への対処能力だ。
斎藤にとって、末の娘を殺した怨敵を追い詰めるために、どうしても彼の力が必要だったからだ。
“クロ”と、その狂信者。
クロの言葉を神の啓示と考え、その意思を実行する者たちにより、二人は被害を受けてきた。
そして、その悪意に晒されてきた時間は、村河の方がずっと長い。
だからこそ村河はクロの存在を知り、長い間、奴を追い詰めるべく動いてきたのだ。
「そちらも“主役”は特定したのだろう?」
「ええ。例の青年は確保してありますよ」
「ならば注視する事だな。奴は俺たちギフトホルダーに執着している。……忌々しい事に」
クロの行動原理は不明。
ただ、傾向として、クロは村河のような過去からの来訪者、特殊能力持ちのオリジナルに対し遊びを仕掛ける事だけははっきりしている。
人の命を弄ぶような、最低な遊びを。
だからこそ、斎藤は、国主としても父親としても、クロの存在を許容できない。
クロをどうにかできるのであれば、自身の命を差し出していいとすら思っている。
村河を立てて頭を下げるぐらい、彼には大した事ではないのだ。
「いずれにしても、手足をもいでやらねばならん」
「ええ、情報源としても使えますからね」
今は本体に手は届かずとも、その周囲を地道に削る。
いつか、その手を怨敵に届かせるために。
国主の二人は誓いを新たに、秘密の会合を終えた。