18-15 結婚式③
俺が夏鈴を褒めると、夏鈴はすまし顔を柔らかい微笑みに変えた。
「創様も、お似合いですよ」
夏鈴は俺に対し世辞で返すとそのまま、つい、と、本堂の方に視線を向けた。
そこだけ切り取ってみると、言われた褒め言葉に世辞を1つ返したのだからもう良いでしょうと言っているようにも見える。
しかしよく見ると夏鈴の僅かに身体は震えていて、これから結婚するのだと、緊張している様子だ。
ここは言葉をかける場面ではない。
俺は夏鈴の隣に並び、爺さんに視線を送る。
親族代表・媒酌人である爺さんと婆ちゃんに、「もう始めてくれ」と無言で催促した。
「では、行くぞ」
俺の要望に応え、爺さんは小さく俺たちに声をかけると、本堂前の障子戸を開けた。
親族はいないが、俺の関係者がすでに席に着いていた。
関係者の席には神戸町の関係者、ニノマエの店長や従業員など、100人ぐらいが集まっている。
小さい子供もいるのだが、場の空気を読んでか、騒いでいる人は誰もいない。
細かいことを言うと、彼らがいるのは『外陣』である。仏様が置かれている場所が『内陣』で、内陣の左右が『脇間』と言い、こちらはスタッフルームのようなもの。
内陣は基本的に人が足を踏み入れる場所ではないから、外陣の最前列で俺たちは仏様に結婚の報告をするのだ。
静寂に包まれた、厳かな本堂。
俺たちは二人並んでその間を通り、仏様の前に座る。
そこでまずお坊さんが焼香で俺たちの穢れを祓い、身を清める。
お坊さんはそのまま|敬白文、仏様とご先祖様への結婚報告の定型文を読み上げた。
俺たちは静かにそれを聞いている。
「念珠を」
その次に、お坊さんから念珠、白と赤の房の付いた数珠を頂いた。
新郎の俺は白の房の付いた念珠を。
新婦の夏鈴は赤の房が付いた念珠を。
それぞれ親指以外の指にかけて、合掌する。
なお、指輪の交換はしない。それは西洋式である。
「新郎、創は夏鈴を妻に迎えることを誓いますか?」
「誓います」
「新婦、夏鈴は創を夫として受け入れることを誓いますか?」
「誓います」
ここだけ見るとチャペルを思い出すやり方で、お坊さんが本当に結婚するのかの確認を求めてきた。
俺たちは互いにそれを誓う。
ここで詰まるなどあり得ないが、喰い気味にならないよう、落ち着いて返事をしたよ。
すると今度は爺さんが仏様に向かい、誓詞、結婚の報告を行なった。
これを受けてお坊さんが俺たちは夫婦だと認め、結婚が成立したと来客らに宣言した。
結婚が成立しても、結婚式はそのまま終わらない。
今度は俺たち自身が焼香を行い、合掌。
7式杯という、大中小の杯で行なう酒の回し飲みをして、親族固めと言って全員で酒を飲む。
あとは法話を聞いて、それから退場だ。
お坊さんを先頭に俺たち、爺さん、来客と続いて出ていく。
仏前式の結婚式はこれで終わりだ。
俺は緊張か何かでふらつく足に活を入れ、本堂を出た。
そんな俺を待っていたのは、本堂前に集まる大勢の人。
結婚式という慶事にかこつけて、もしくは本当に俺たちを祝う為、本堂に収まりきらないほどの人が待っていた。
「祝福されているな」
「はい。思いのほか、嬉しいですね」
思わず、ぽつりと言葉が漏れた。
横を行く夏鈴の顔は見えないが、夏鈴もこの状況を素直に喜ぶ。
ここまでまともに人と関わってこなかった人生ではあった。
だが、それでも多くの祝福の声が聞こえる。
やってきたことは無駄ではない。
やってきたことは確かに人との繋がりを作っていた。
目の前の光景は、その証明だった。