18-9 ヘタレ、動く②
黒岩の里の視察を終え、村に戻ってきた。
俺がいない間に、ニノマエ店長に申し込まれていた縁談は立ち消えになっていた。
理由としては苦笑いしか出てこない様な話で、相手の娘さんには思い人がいて、その彼氏と結婚出来ないなら死んでやると騒ぎ立てたかららしい。
娘の彼氏ぐらい把握しておけよと思わなくもないが、娘は親にグチグチ言われたくなかったから隠していたんだろうね。
結果、余計に面倒な拗れ方をするのだが。
そこまで予測しろというのは酷だし、こちらとしては都合のいい方に話が転がったので、むしろ感謝すべきだろう。
あとは娘さんの恋愛が上手く行く事を願うばかりである。
あちらの結婚話は無くなったのだが、俺の結婚話はまだ健在である。
と、言うより、ここではっきりさせないと、いつまで経ってもグダグダする気がするんだ。
男は覚悟を決めて突撃あるのみ、である。
……細かい事を考え出すと、ずっと気になる事ばかりで話が進まなくなる。
勢いに任せて始めない事には、結婚など出来ようはずがない。
世の男性諸氏は俺と違って親とか家の問題があるのに、よく結婚出来るよなぁ。
俺は両親無し、家は俺が初代で夏鈴は部下という、ある意味ではイージーモードだというのに。
っと。
俺の親はいないはずだが、親代わりと言えそうな人はいたな。
若者としては、そっちに話をしに行かないと駄目だよな。
農家の爺さんへの報告のついでに、結婚後の心得とか聞かせて貰おう。
「がはははははは! そうか、お前もついに年貢の納め時か!! いやぁ、めでたい!!」
俺は爺さんに「夏鈴と所帯を持とうと思っています」と、その様に報告した。
すると爺さんは大きな声で笑い出し、俺の背中をバンバン叩いた。
そして声を小さくして、呟く様に笑った理由を教えてくれた。
「最初に創が魔法使いだと知られた時にな、皆で創に嫁を出そう、そんな話をしていたんだ。魔法使いは遺伝するって言うから、魔法使いがいいんじゃないかとか、本気で相談したんだぞ。
だがな、夏鈴の嬢ちゃんが「創様は、いつか私の旦那様になる人ですから」って、顔を真っ赤にして訴えるから、これまで手を出さず見守っていたんだ。
ワシらにしてみりゃあ、漸く、としか言いようが無い」
それは俺の知らない場所での出来事。
蓮見さん、じゃなくて今は藤川さんか。あの人を宛がわれた気はするけど、本気で口説こうとされた事は無かったよな。そう言えば。
藤川さんは特に何事も無く結婚しているし、他に押しつけられた相手もいない。
そっか、そんな裏話があったんだな。
俺が爺さんの暴露にしみじみとしながら頷いていると、俺たちが二人きりで話している部屋に、婆ちゃんが無言で入ってきた。
そして婆ちゃんは爺さんの後頭部を掴むと、笑顔で底冷えのする声を出した。
「あらあら。うふふ。貴方ってば、お酒も飲まずに口を軽くしちゃって。女の子の秘密を、そう簡単に口にしてはいけませんよ。
ごめんなさいね、創ちゃん。この人を借りていきますわ」
「へ? あ? あ! いや、これはだな!」
「お話はちゃんと聞かせて貰いますから、今は静かにしましょうね?」
一瞬、爺さんが助けを求める様な視線を俺によこした。
だが、俺は婆ちゃんが怖くて、完全に固まってしまった。
物理的な戦闘能力とは関係の無い、圧倒的強者の風格。
怒った女性は、とにかく怖い。
結婚した時の注意点、しっかり学ばせて貰いました……!!
――お悔やみ申し上げます。