18-2 魂の傷
幸いと言うと酷いのだが、戻った部屋には夏鈴はおらず、独りの時間を得ることが出来た。
どれだけ周りに相談をしようが、この問題は自分一人で結論を出さねばならないので、一人の時間に考えることも必要だ。
「結婚そのものが怖い? 誰かの人生を背負いたくない、そんな臆病さかね?」
自分が結婚に対し後ろ向きな理由を考えてみると、中々情けない理由が出てきた。
結婚に後ろ向きな一番の理由は、夏鈴の人生を背負えるのかという恐怖があったからだ。
いや、夏鈴だけではない。生まれてくる子供をちゃんと育てられるのかと考えると、なぜか背筋が凍るような思いを抱いた。
それは失われた俺の記憶、それでも消えていない魂の傷が叫び声をあげているかのようだった。
魂の傷。
こんな単語を使うと中二病か何かのような気もするけど、そうとしか言いようのない絶望があって、そんな俺だから記憶がない状態でこの世界に来てしまったのだと、何となく理解できた。
結婚。
そして自分の子供が産まれる。
考えるだけで顔から血の気が引き、指先が震える。
何があったのかと思いだそうとすると、思い出してはいけないという強迫観念にも似た何かが記憶にふたをする。
推測はできるが、考えること自体を心が拒絶する。
思い出したら、きっと俺は――壊れるだろう。
早鐘のように心臓が悲鳴を上げていた。
全身から嫌な汗が出ていた。
荒い呼吸の音がうるさい。
それらを無理やり押さえつた。
心臓の上に手を置き、呼吸を整える。
タオルで汗を拭う。
落ち着いたところで、自分の姿を確認してみたら、肌着や下着が汗でびしょびしょになっていた。布の張り付く感触が気持ち悪い。
腰かけていたベッドにも汗はついているが、カードにストックしてあったものと入れ替え、そちらはこれでOK。
あとは服と自分の汗をどうにかするだけだ。
「風呂に入るか」
酒に酔った状態で入るのは危険だが、酔いなどとうに醒めている。
一人でも大丈夫だろう。いちいち誰かを呼ぶ気にもならない。どうせ家の周りには居るんだ。
部屋から出て耳をすませば、同じ屋根の下にいる三人娘はそれぞれの自室でゆっくりくつろいでいる様子だ。
声は聞こえないが、それぞれの部屋から物音はする。
風呂の方に行ってみると、当たり前だが誰もいない。邪魔されず、ゆっくりと風呂に入れるだろう。
「都合がいいな」と、俺は独りごちると、湯船にぬるめのお湯を張るのだった。